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zoom RSS 06月27日のココロ日記(BlogPet) と追記と蛇足|ω・`)

<<   作成日時 : 2009/06/27 07:13   >>

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巨大な月が背後から迫ってきた…あせった(汗)

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪


追記

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好きな子の後ろの席に座れたときは大層幸福でした。黒板なんて見てなかった。


なんとなくその口語はいつものココロと違う気がするよ・・・。まさか中の人が・・・

それはそれとして、巨大な月が背後から迫ってくるとなぜ焦るのか・・・?

「得体の知れない強大な力が迫ってくる」怖さでしょうか。それとも、ただ極端にサイズが大きいモノに対して覚える畏怖のような。富士山とか。富士山怖いよね。大きすぎて、荘厳とか美しいとか思えなくて、ただ異様で怖いです。昔、受験で山梨行ったときに低い山の向こうに見えた白い富士山が、色だけでなくて他の山とは違う存在感を持ってるように感じたのを思い出しました。背を向けて歩いてると何故かこちらを追ってくるような怖さがありました。富士山が見えない所に生まれてよかった。いや、見慣れれば別にどうということはないのでしょうけど。



しかし、見方を変えれば、背後の巨大な月とは力強い守護者であるかもしれないのです。そもそも月にそんな悪いイメージないですしね。


「ひゃあ!大きなお月様が迫ってきますー!」

安心おし、ココロ。それはお前を守ってくれる者だよ。ていうか僕なのだよ。いつでもお前を見守っているからね。

「あれは敵です!何らかの陰謀を持った巨大な組織の基地なのです!」

違うんだよ、ココロ。それは・・・

「破壊です!破壊せねばならないのです!漫画に感化されたふれさんも言ってました!この世には悪い陰謀を企てる悪の組織があるのだと!だからこそ私達は苦しむのだと!N.H.Kがいるのだと!日本被害妄想協会へようこそ!」

違・・・

「CAUTION!CAUTION!巨大な月が接近中!セッキンチュウ♪セッキンチュウ♪エネミーです、エネミーなのです!向かい撃たねばならないのです!排除せよ!撃墜せよ!われらの幸福なる世界のために!撃(て)ーーー!!!」

うぎゃあああああ

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NHK(日常からの避難を試みる活動会)へようこそ。

ぐだぐだです。



−−−−



以下、すごく長い蛇足です。

そういえば、いや全然関係ないですけど、児童ポルノ規制が最近話題になってますね。問題は単純所持と、漫画など生身の人間の画像ではない創作物をも規制対象に含めることだとか。

それについて何か書こうとしたら、関連サイト見て回るだけでかなり疲れてしまいました。まとめようとすると結構な労力になりそうです。

うちで取ってる地元紙にも児童ポルノ規制について社説が載ってました。web版もありましたが、紙面に掲載されてた社説とちょっと違ってるような気がするのでリンクは貼りません。

その新聞は報道の自由が少しでも冒されそうになったときはかなりの勢いで反対するのに、表現の自由についてはそれほど大切に思ってないような印象を受けました。議論・研究すべきことはかなりあるはずなのにそこにはあまり言及せず、今国会での改正を急げと言う・・・。


おそらく騒がれてるほどひどい状況にはならないだろう、と少しだけ楽観してますが、とりあえず自分はどう考えてるのかを自分ではっきりさせなければ情報や偏った意見の波に飲み込まれてしまいそうでちょっと怖いので、創作物の影響について思うことを書いておこうと思います。



悪影響がいろいろ言われてますが、そりゃ、たとえば暴力シーンが際立つ漫画やゲーム「ばかり」好んで「それだけ」見てる子供がいたならば、暴力的になるかもしれないと思います。問題解決やストレス発散や快感を得るなどの方法を暴力しか知らないだろうから。

実際、子供の頃などは漫画の影響受けて人にちょっとした暴力というか相手に痛みや不快感を与えてしまうことはあります。わかりやすいとこだと、漫画の登場人物の使う技を真似して同級生にかけてみたりとか。小学生の頃にそういう経験をしたことがある人は結構多いんじゃないかと思います。

別に、暴力的なものばかりじゃなくて、子供の頃は触れた作品の登場人物の思考や物語をいくらかはなぞって生きてるものですよね。自分や友達が漫画やゲームの影響を何かしら受けてるだろうなというのは、特に若い人たちは多分自然な感覚としてどこかで受け入れてるんじゃないでしょうか。

しかし何かの事件の原因を漫画やゲームに持ってくることは無理があるでしょう。なにも影響受けてるのはそればっかりじゃあるまい、というのも普通は感覚としてわかるはず。その人のことをいったいどれだけ知った上で言ってるのか。

大人になってくると現実社会と虚構の物語との違いがわかってくる。子供のうちは実体験が少ないから違いがわからない。現実と虚構の違いは成長するに従って学ぶもので、先天的に備わってるものではないと思います。


漫画やアニメやゲームが人の思考や想像のプロセスに与える影響は必ずあると信じております。個人的な経験や感覚に拠るものであって、はっきりとした根拠は出せないから、事実の断定じゃなくて今のところ個人の信条程度ですけど。

しかしだからこそ、悪影響ばかりじゃないはずだと思うのです。
影響を「いい悪い」のどちらかに区別しきれるものではないから、悪影響なんて言葉は使いたくないのだけれど。

言葉にするのがこっ恥ずかしいのですが、おそらく好影響とみなされる、人を愛するとか好きになるとか大切にするとか平和的な解決を導くとか、そういうものも漫画やゲームは必ず与えてくれます。前進する一歩を踏み出す勇気すら与えてくれる。

いろんな作品に触れればいいじゃないですか。胸がトゲトゲして吐き気を催すようなものも、胸が温かくなって思わずにやけてしまうようなものも、胸が熱くなって泣いたり走り出したくなるようなものも。様々なものがあって一種混沌としてるからきっと面白い。

なぜそれらのうちの一つを排除しにかかるのか。嫌いな人は殺す、という危ない思考にはまっちゃってるんじゃないでしょか。自分にとって理想的な世界は他の人のそれではないから、そこで力を振るって排除するのはよくない。それこそ暴力以外の何物でもない。

大雑把に「悪影響を与えるモノ」と「好影響を与えるモノ」に分けたとして、どちらかだけに極端に偏ればそりゃ違いは出てきて当然でしょう。ならば両方に触れたらどうなのか。人は単純じゃないから、どっちかに偏ることはない。更に、それらに現実の経験を踏まえて考える。

突然極端に走ることはそうそう無い。葛藤する。そこで理性が押しやられてしまったなら、それはもう漫画がどうこうじゃなくてもっと深くて広い問題だと思います。

偏らないよう子供には目を配ってやらねば。食事にたとえれば、偏らなければ多少変なもの食べたってたぶん大丈夫。変なものばっかり異常に摂取してるようだったらそれは止めてあげなされ。禁止ではなく、他のものも与えてバランス取るように。親が偏ってたらもう知らない。

子供は虚構にそのまんま影響されて何か迷惑な行動してしまうかもしれない。理解力も経験も足りないから。

なんか不埒なモノがあるらしいから作るの禁止させろというのは、「虚構を信じきっちゃって自分でやっていいことかわるいことかも考えることができないような子供が多い社会だし、かといって自分達がそういう子供をしつけるのはめんどくさいし、とにかく大きな力を持ってるお上が規制してよ」、というどこか甘えた考えからきてるんじゃないかと思ってしまいます。いや違うんでしょうけど。

存在は必要ながらも使い方を誤ると多少の怪我ではなく大事になってしまうものには、子供を近づけさせないことが大切なのだろうと思います。決してそのものを生産することを禁じるのではなく。


ある程度現実と虚構の区別がついた大人が、敢えて虚構の世界を楽しむ分には、たとえそれが道徳的に問題あるような内容の作品でも、構わなかろうと思います。区別をつけていられる限り。何かに追い詰められてたり精神的に参ってしまってたり、またはその他の理由で犯罪に足を踏み込んでしまうことももしかしたらあるかもしれませんが、それなら作品に影響されたのどうのこうの以前の問題でしょう。何かわかりやすいものの所為にして一件落着できるわけでもない。


犯罪の方法について作品から影響を受けたかもしれない、というのもやっぱり二の次の問題でしょう。もし作品の生産を規制したとして、それで犯罪がめっきりと減るようだったらアレですけど。まだどこかに犯罪を引き起こす原因になったモノがあるはずだ!と、どんどん規制かけていったら世のほとんどの創作物は姿を消すでしょう。それは極端な想像かもしれませんが、そういう考え方はきっとエスカレートしていく。変に力を持ってしまった人は暴走しがちだから。

ある特殊な性質の18禁なゲームや漫画のこと。なぜそこまで危険視されるのかというと、それが「仮想世界」だからという認識があるからでしょうか。現実世界で実行するための準備段階であり、創作物は代用品だと。

個人的な感覚ではそんなことないのですけどね。むしろ、作り物の世界やキャラクターを作り物の世界やキャラクターとして絶対的に見れないと楽しめないところがあるのじゃないかと思います。仮想世界というか別世界。そう言っちゃうと何か危ない人みたいですね。いや当然、現実世界とのつながりはあるし、なかったら創作物を読む意味は無いのだけど、普通漫画読むときってその漫画の世界を楽しみますよね。、

必要がない。キャラクターを見ながら本当は生身の人間を想像してるんだろ、なんてことは・・・あるかもしれないけど、それだってあくまで想像の中。こりゃ現実にやったら大問題だろうというのがわかる理性は当然あります。

他の漫画やゲームにしたって、「こんなん現実にはありえないよ」と考えられることは腐るほどあります。でもそこに現実を持ってくることのむなしさ。そりゃ虚構だから現実とは違うに決まってます。そんなん言い出す人は漫画読んでて楽しいんでしょうか。楽しくないならあっちいきなさい。しっしっ。


・・・話とっちらかってまとまってないように見えますね(ノ゚ω。)


人々の行動に規制をかけられるのは相当に大きな力を持つ者なので、その力の使い方には慎重になってもらいたいですね。更に怖いのは、規制された対象とその周辺を危険視あるいは蔑視することが世間一般の完全な常識になってしまうことかも。この力はかなりのものです。くれぐれも慎重に。


*この追記と蛇足は長文まとめるのが下手なふれが書きました♪

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
チン☆⌒ 凵\(\・∀・)フレさんの追記SSマダカナー
すみこ
2009/06/30 21:53
待っててくださる人がいるとは|д・)
追記してみました。今更どれほどの人に読んでもらえるかわかりませんけども・・・。読むほどの価値もあるかどうか・・・
ふれ@管理人
2009/07/02 07:36
昔から児童ポルノとか18禁ゲームとかそっち方面の話は、規制が掛かるたびに話題になってますね。
そのたびに誰彼がフレさんと同じようなことを言ってます。
いくら規制しても犯罪犯す人間は犯罪犯すんですよ、規制してどうにかなる問題ではないと私も思います。
三浦じゃないよ
2009/07/04 04:41
昔はさほど気にしていなかったのですけど、ネット始めたらあちこちで話題が出てるのを見かけるので気になってしまいます。
過剰反応してる向きもありますが、翻って考えてみるとそういった漫画などに普段余り触れない人たちも過剰反応しやすいのではないかと思います。法を勘違いして後ろ盾にとり、「こんな漫画持ってると犯罪だよ!」と単純に決め付けて更に偏見が増したり執拗に責められたり。結構その方が怖いかも。それと自主規制。言葉狩りのように、過剰な対応して狭苦しくなってしまいそう。規制問題から派生してくる(かもしれない)問題もいやらしいなと思うのです。

犯罪犯す人は犯す・・・という考え方はちょっと切ないです( ´・ω・`)
そうさせない理性や良心のタガを形成することを考えると・・・そうだ、漫画だ!いろんな漫画読めばいいんだよ( ゚∀゚)!
ふれ@管理人
2009/07/04 07:50
いやー容疑者が見つからないとき
とりあえず適当な人間を捕まえるときに便利な法律です
それ以上でも以下でもありません
Siro
2009/07/05 09:02
そんな感じですねぇ。
しかしそれが成立或いは話題になることによって派生してくる「世間」の煩わしい目などの問題が鬱陶しいかもと思います。様々な方向に議論が向かうべき事柄なので、安易に規制されないことを願います。
ふれ@管理人
2009/07/05 22:52

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