ふたこぶくじら

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zoom RSS 秋の夜長を吐きとおす

<<   作成日時 : 2013/09/19 22:35   >>

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 吾輩は空想上の猫である。名前はおろか姿もまだ無い。

 いつ生まれたか屯と見当がつかないが、なんでも主人が高校生くらいの時分あたりからいたようないなかったような、なんとも曖昧な出自である。しかしどうせ想像上のふわふわしたものだから、出生の時期場所があやふやであろうと一向構わない。

 主人が漱石の猫を読み始めてかぶれた頃から、吾輩はことあるごとに――主人が時折自己を顧みてその情けなさをどうにか笑い飛ばして誤魔化してしまおうとするごとに――召喚される一匹の召喚獣である。かのバハムートやリヴァイアサンなどと肩を並べる位置である。東欧の海賊の頭目にでも召喚されたならば、きっとオーディンであっただろう。彼らはもしかしたら本来はもっと地位の高い、由緒ある生物であったかもしれないが、吾が主人の脳を介して世間を知らざるを得ない吾輩にとっては、常識として召喚獣である。

 いま主人が寝ている座敷の机上には、「吾輩は猫である」の文庫本が置いてある。カバーが著しく傷んで、さも何べんも読み返した風であるが、本当を言えば、学生時分に読みもしないのに毎日毎日鞄に突っ込んでは持ち歩き、引っ張り出して数行読んではまた突っ込んで持ち歩くという雑な扱いを繰り返しただけのことである。どんなに頑張っても日に数頁しか読まない上に、何週間も読まないこともあるから、本の中ごろまで読んだときには始めの部分をすっかり忘れている。そうしてまた始めに戻って読み直すものだから、ちっとも先に進まない。

 落語には、額を見て目を見て、だんだん視線を下げて行って、鼻を見て、顎を見るころには額の部分を忘れているという、馬が鰻を咥えてその先に卒塔婆をぶら下げたような顔の長い人が紹介されているが、これはどう考えても見る人に責任があるに極まっている。いかに十人十色とはいえ、そんなに顔の長い御仁がいようはずもない。視線を移すのが遅いのだ。見る人間が野呂間なのだ。主人の読書における態度も同様である。

 しかし逆に見れば、短編でも長編のごとく楽しめるのだから経済的である。そんな読者ばかりなら、書く方だってうんうん唸って、短く済む文章を奮発して引き延ばさなくてもいいから楽だろう。それはそれとして、どうにか主人の記憶に残ったのは、誰でも知っている有名な最初の数頁のみである。これなら文庫など買わずとも、教科書に抜粋されているものだけで十分事足りるようなものだ。

 そうしてどうやら、小学生がですますを覚えた程度に口調だけは猫を真似するようになったものだが、悲しいかな漱石ほどの知識と教養とが主人にはない。よしんばそれらを持ち得ていたとしても、文章にまとめるだけの技量がない。ならば技量も準備すれば万全かというと、今度は何について書いたらいいものか、その根本から見当がついていない。どうも先が暗いようだ。

 ついでに主人の恥を挙げてしまえば、知っている熟語といえば一石二鳥くらいなもので、なんとか偉そうな、さも学があるように見える言葉はないかと、事に当たっては類語辞典を引いてきょろきょろしている。辞書を引けばなるほど恰好のいい貫禄のある言葉は見つかるが、さてこれをどう使っていいのかの判別ができない。できるなら吾輩が助言指示してやりたいが、無能の主人に召喚され、その空虚な脳を介在してやっと存在している身だから、主人以上の能力を持てといわれても無理な相談である。

 無理といえば、主人は全く無理をしない人間である。自己の体あるいは精神に無理がかかりそうだと見るや否や、危機回避に全力を挙げる。見上げたものだ。しかし、傍から見れば、まだできるだろうと思うようなことでも、いやそれはもう無理だと判断して、早々に引き揚げてしまうから、その予知能力はいささか過敏であるかもしれない。主人は、よく休養を主張する。仕事につき、趣味につき、なにかあれば、もう疲れた、やってられん、休むべし、と早々に音を上げる。わずかでも疲れれば、それは忽ち病気や怪我につながると思い込んでいる。いかに我が身が大事とはいえ、大事にし過ぎれば過保護となり、即ち虚弱体質となる。体ではなく心の問題だから、虚弱性質と云う法が妥当だろう。体の方で問題を抱えていないとは決して言えないが、日々飽きることなく酒を飲み煙草を飲み辛い物を食べ、鯨飲馬食を体で表しながらも人で候と畏まっていられるからには、無理を避ける性質も幾分かは健康に寄与しているかもしれないと考えることも出来んでもないような気がしなくもないように見えなくもないと思わんでもない。

 駄弁っていたら、何を書きたかったかすっかり忘れてしまった。これも主人に似たが為の損失である。しかし嘆いていても仕方がない。失くしたなら新たなものを手に入れるまでのことだ。首尾よく入るかは知らんが、まあ何でも手に取ってみればよかろう。こういう時、美学者哲学者理学者魑魅魍魎の類が折よく訪問してくれれば話の種も容易に入手できるのだが、10年来は自分の部屋に己の足跡以外ついたことが無いような人間だから、畢竟主人の狭隘な脳味噌の中身か生活を探るしか手立てがない。

 此処最近の主人の習慣は、主に飲んで寝ることである。一応主人の体面を守る為には、仕事もしておると一言添えておくのが好いのだろうが、余暇を人生の第一義と考えて憚らぬ人物だから、語るならば自宅にいる間の、彼のいう余暇を満喫している期間に焦点を定めるべきであろう。帰宅する、酒を飲む、寝転ぶ、そのまま寝付く、朝を迎える。吾輩が見たところ、ここ二週間はそれさえ記しておけば充分日記になる様子だ。本人は絵だか物語だかを書きたいらしい。大したものでない。他人に知られるべからざる、己の秘めたる欲望を昇華の大義のもとに創作物としてあらわして、生活の内に溜まった鬱憤を晴らしたいがためのものだ。その内容をここで明らかにするのは、公序良俗に鑑みるとどうしてもためらわれる。そういった類のものである。推して知るべしとしか言えぬ。

 暇があれば寝てばかりいた主人だが、今日はパソコンに向かって指をかちゃかちゃ言わしている。ブログの記事を書いているらしい。記事というよりは日記である。最近では月に2、3回程度の更新になったものの、6年だか7年続けている。怠けることよりほかを知らぬ主人にしてはよく続いた方だ。ここでは主人は、あまり突飛なものは描いたりしない。比較的差し障りのないところで済ましている。差し障りのあるものについては、別アカウントとやらに逃げ込んでなにやらろくでもないことをやっている。

 インターネットとは便利なものだそうで、一人の人間を切り分けて、あっちとこっちで別の人格やら生活やらを持たせることができる。吾輩からしてみれば、しちめんどうなことをやるものだと感心したり呆れたりする。しかし下手をすれば、ネット上に簡単に己の存在をあらわすことができるごとく、その逆に瞬く間に抹殺されたりするから、予備をもっておくにこしたことはないのかもしれない。どこにいっても人間同士の関係は厄介なものとみえる。地球の外に逃げてみたってきっと同じだろう。

 主人は生意気にも政治に不平を唱えている。無論、すべてが己の脳内の己の世界で完結する男だから、純粋に論理的に現実的に政治の不備を追及してはおらぬ。勝手な己の世界の枠に外の世界を押し込んで、やあこれは不味い、己の世界に合わん、と、とっかえひっかえ色んなものを持ってきては勝手に失望している。世間のうちで、主人は実業家が嫌いである。近頃では彼らはとうとう国家ごと会社にしてしまう暴挙に出た。

 金も嫌いかというと、これはそうでもなさそうで、出来るならば欲しいと思っている。しかし敢えて発奮して大いに金を稼ごうという気概は見られない。奇特な人が来て、寝転んでいては一文にもならないが、100km完走すれば一億差し上げますよと言われても、そんなに疲れることをするなら寝ていようと決心する人間である。もっともこれは、現在幸いにも借金に悩まされていないからだろう。尻に火が付けばいかな主人とて起き上がる。しかし貧して窮してとことんまで追い詰められない限りはやっぱり呑んで寝続けるに違いない。

 主人は擦り切れた畳の上でごろごろのたうち回っては、猫になりたい猫になりたいと常々願っている。猫にさえ生まれていれば悩みも苦労もないものと心得ているようだ。心得違いも甚だしい。世の猫族を代表して一言物申してやりたいが、如何せん吾輩は主人の空想の産物ゆえ、実際の猫の生態を知らぬ。それは置いておくとして、主人のように人間以外の動物になりたいと思う人は案外多い。主人の愛する漫画を見てもそれはわかる。特に近年の作品中には、獣の耳をつけた人間が必ずと言っていいほど登場する。人はどうしても人をやめたいようだ。さりとて、死ぬのは怖い。どうにか生きたまま人をやめられぬかと苦悩した結果、動物の局部の特徴を付与したら動物の仲間入りを果たせるのじゃないかしらん、と思いついたようだ。猫の耳やら尻尾やらをつけてみる、話した後に必ずニャアと鳴いてみる。いかにも小手先で、見ていればただ滑稽だが、おそらく当人たちは至極真面目である。人に生まれて、人として生きたくない。人間の我儘もここまでくれば芸のうちかしら。それでも、真面目に死ぬことを企画するよりはましかもしれない。上手くいくか下手をすれば、死のうと思えば死ねてしまう。そうやって一巻の終わりで成す術をまったく失うよりは、未来永劫手に入らぬものを求めて足掻いて失敗を繰り返しているうちに、ひょっとすると一大発明でも起こすかもしれない。

 主人は現実の物事に感動できぬ男である。実際に起こった感動的な事件の裏には、必ずその昂揚した気持ちをきれいさっぱり打ち消すに足る、批判すべき事象が同時に存在していると見做して、心の動くことを警戒している。たとえそんなものがなくとも、勝手に想像して作り上げてしまう。そんなにびくびくしなくても良さそうなものだが、人を見れば詐欺師か泥棒か宗教家かと平生から努めて過剰に用心している性質だから、易々と心を許しそうもない。

 主人が安心して感動するのは、空想の話を読み聞きしたときのみである。なるほど空想の世界で何が起ころうが、主人の安全には支障を来さない。順当なのか意外なのか、ここにおいて主人の性質は全く逆転する。現実を見れば粗探しばかりしていたのに、空想と見るや否や、唐突に思い入れの度合いを強め、自ら進んで心を動かす事象を発見しようと目を輝かすのである。

 何が関係しているのか知れない。大概は主人の無責任主義から来ているのだろうが、公平主義も関与している節もある。ぜんたい、主人は何主義だかわからない。何の主義も持っていないかもしれない。いかなる方針を以て歩いているのか定かでないから、頻繁に迷い乱れるとも思われる。或はあっちにも行こう、こっちにも行ってみようと種々の方針をその都度変えるから結果迷子になるとも思われる。ただ、俯瞰してその足跡を見てみれば、大まかな方向は捉えられる。上るでも下るでもない、ただひたすらに山の腹をぐるぐる回っている。頂まで登るのは恐ろしいが、麓に降りるのも今更もったいない。さりとて歩かずにいるのもなにやら心許ない。年を食った所為にしてもいいだろう。未熟を理由にしたって構うまい。信ずるために疑うでなく、疑うために疑うのなら主人はどこにもゆけぬだろう。

 呑んべと見える人々も、心の底を叩いてみると、どこか悲しい音がする。音はするが、どこのどれが発した音かは当人にも定かでない。何が嫌なのか、主人は今日も酒を飲む。ざっと勘定してみると、365日の内360日は確かに飲んでいるようだ。休肝日とは、まったく飲まないのじゃなくて、飲みすぎない日のことだと思っている。もし主人の庭先に人が沈めるくらいの巨大な甕があったなら、断酒をせぬ限り、きっと溺れなければならぬ。いつまでもそんな日は続かない。逃げて膨らんだ主人の世界は、外の世界と摩擦して擦り切れて血が滲むことだろう。しかし酒をやめるという話は、主人の口からはいまだ聞かれない。いつかそのうち言うかもしれないが、大方酩酊した時にきまっている。

 「もうやらない」という声明文は、「またやろう」という決心の表れだ。焼け野原になって少しく反省した気色に見えたが、日本はまた戦争をするだろう。原発はも一度爆発するだろう。そうして、昔と同じ反省文を提出するだろう。米国は原爆を2つ落としてまだ落とし足りない。自由ののさばるネットを見渡すと、人が手に手を取り合うのは、共通の敵を見つけ出してそこに攻撃を仕掛けるときくらいだ。ある人と一時共感したって、好きなものは皆違う。あの人はあれが好きで、僕のこれとは少し違う。少しの違いの隙間に流れる風は、存外に強風だ。孤独だ孤立だと警鐘が鳴らされるが、人に構って煩うのはどうしたって御免で、鐘が鳴ったら火事はどこだと野次馬に行く位だろう。やはり死ななければ太平は得られぬ。主人がいつ死ぬるか判らないが、放っておけば早晩くたばるかもしれない。

 さて主人は睡魔を召喚したから、交替に吾輩はそろそろ消えることにする。またいつか呼ばれるまでは、吾輩の心は常に太平である。難有い難有い。


−−−


 最近よく本を読む(当社比)。あれか! 秋だからか! なるほどのお。無性に小説の類が読みたくなってしょうがない。普段漫画しか読まないのだけど。現実逃避してなにかの物語にどっぷりつかりたいためと思われる。秋だからな! しょうがないな! まだ暑いけどな!

 2006年ごろに買ったまま放置してあったライトノベルを見つけて何冊か読んでみた。

・夏祭りに妖狐は踊れ 飛田甲 イラスト/謎古ゆき
・幽霊には微笑みを、生者には花束を 飛田甲 イラスト/謎古ゆき
・ある日、爆弾がおちてきて 古橋秀之 イラスト/緋賀ゆかり

 あらやだ、面白いじゃない。7年も経つから続刊が出てるかと思って探したものの、飛田さんの本は見当たらなかった。イラストレーターさんの方も見当たらなかった。あれ……てっきり続くものと思ったんだけどな……。

 買ったっきり読んでない本を消化しようと思ふ。といいつつ、アマゾンのカートにはいつ読むともしれない新しい本が次々と放り込まれてゆく。よくない、よくないよ。

 このブログも7年目か。僕はもう……いや、時間はもうどうでもいいのだ。気にスンナ。ぼくのかんがえたさいきょうのういるす。ネットの世界からありとあらゆる日付を削除する。これもう10年前かよー、みたいな話は消え失せる。すべては、いま在るものか無いものかのたった二つに分かれる。人は時間の束縛から解放される。今の自分を脅かすような過去も未来もない。そんなものしか見ないから足元すくわれるのだ。時間の概念を捨てろ。生きるという概念すらもなくなる。いいんだよそれで。物事万事が行き当たりばったり出たとこ勝負でその場しのぎでその日暮らしのあるがままになっちゃいなよ。スケジュールに怯えるなんておかしいんだよ。きっと。何の話だっけね。酒でどこまでごまかしていけるかチキンレース開催中。飲まなくなったら負けだよ。飲んでもそれはそれで負けだよ。勝ち負けとか。無いわ。

 猫は休憩中とかにぼちぼち読んで、一週間で読み終えた。主人にしては読書の早い方である。あとは太宰さんとかちょっと読み返した。

−−

 Kindle買おうかなと思ったけど、いちばん整理したい漫画がろくに入れておけないみたいでがっかりする。削除してダウンロードする手間はなんかめんどくさいし……。やっぱり漫画は、ぱっと手に取ってぱっと読みたい。正確に数えてはいないけれど、漫画はおそらく4千冊くらいは家に溜まっているので、なんとかしないといけない。なあに、上には上がいる。数万冊持ってる人もいる。まだ大丈夫だ。

 大丈夫じゃない。家族から苦情がきている。どっかに自分の家建てて住めたらいいよね。でもお金かかるよね。プレハブなら? 何十年後かに、漫画ばかり詰め込まれた数軒の錆びたプレハブ小屋の一棟から独居老人の遺体が発見されるところまで想像した。避けたい、それだけは避けたい。いや、それはそれで……?

 漫画は心情的に捨てられない、売り飛ばせない。そして何千冊も自炊するとか想像もしたくない。

 キンドルは小説専用にすればいいかなあ。でも小説そんなに買わないんだよね……。あれば買うようになる? 数週間はバッテリーがもつって魅力的だなあ。もうちょっと待つかな……



−−−


USぱんさが

 先月末あたりに、予告してサーバーを落とすユーザーがいてちょっと問題になった様子。日本鯖でも同じことしてたらしい。戦争中頻繁に落ちたのはこやつの所為か。ぐぬぬ。今日もやってた。困ったちゃんだ。公式サイトも落ちた。怨恨か。

 心が浮き立つような新アイテムとか目新しいアップデートは相変わらずこない。労働者の日にちなんでアイテム強化支援イベントがあったり、あっちのAmazonではcrownが半額で買えたりしたけれど、僕はあっちのAmazon使えないんで残念。ああ、残念だった。まったくもって残念だった。ちくしょう。

 露店の相場が軒並み下落傾向で、課金モノはいい値段するけれどもその他のドロップ品なんかはとっても安くて悔しい。高い時に買って安い時に売らねばならない辛さ。インベントリも倉庫も満杯なので処分しなければならない。○んTさんに押し付けようかと思って、PC変えてから初めてSkype動かしてみたところ、彼の人のアカウントが見当たらない。死んだか。

 久しぶりに日本鯖にログインして、外国人が多い(ので困ってる)と聞くサーバーでも覗いてみようかと思い新キャラ作ってみたら、昔と全然違うチュートリアルが始まったのでびっくりした。

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 ユーザーのキャラはどっかの国の軍隊の第三部隊とやらに所属していて、これから中立領アスティアに攻め込むところ、という設定。

 これがなかなか……よかったです。わくわくした。いかにも初期な感じの装備、各種族と職業がバランスよく組まれたパーティ(自分以外はNPC)。なんかロマサガ2で最初に帝国軽装歩兵とかと組んでる時を思い出した。このシンプルな形と、ロールプレイしてる感じがなにやら心地よい。

 
画像


 あれ……画像縮小してなかった……

 まあいいや……

 もうこのNPCたちとずっとパーティ組んで遊べたらいいんじゃないかなとすら思った。NPCゆえに気が楽。そういうオンラインゲームもあるっぽいけど、慣れたゲームにこういうのがあると新鮮でいいよね。ラピンもかわいいしね。

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 うわああああらぴんんんんn

 敵の隊長っぽい強い人に、仲間たちが一撃で倒される。ちょこっと愛着が湧いてきてたところだっただけにいささかショックだった。仇を討たねばならぬ。ラピンが殺されたのは許せぬ。

画像


 討った。そのあとはなにやらでっかい竜みたいなのが現れて、辺り一面焼け野原になって気づいたらアスティア内にいた。助けてもらったらしい。そんなこんなしてるうちに瞬く間にレベルが上がった。チュートリアルだけでLv32までになった。楽ね。でも今レベルキャップ65なんだよね、たしか。ここからが地獄なのかしら。その先に進めるのはめんどくさいのでとりあえずそこでログアウト。パラメータの振りも適当だったし。

 しかし、どうしてもこういうレベルキャップ開放とか初期のレベルアップ支援とかの流れはNS終焉の時の流れを彷彿とさせられてしまって、なんか不安になるのです。まだ終わんないよね?

 そう思うと、2年半(だったかな)経っても依然大きな変化がないUS鯖はこれはこれでいいのかななんて思ってしまう。レベル99で止めてあるNS遊んでるような気持ち。


−−


 僕はオンラインゲームをやめることができるんだろうか。物理的に不可能になった場合を除いて。ネオスチームが終わったらもうほかのゲームにはまることはないだろうとか言ってた(気がする)わりには、もうUSパンドラサーガ始めて3年目だ(たしか)。

 もしかしたら、仮想世界でさえあればいいのではなかろうか。だとしたら、僕は僕専用の僕の世界を作ればいいのじゃなかろうか。ありとあらゆるキャラクターが僕であったとしても不都合はないのじゃなかろうか。僕は僕とパーティを組み、僕を倒してドロップ品を僕に売り、僕の僕による僕のための……


 そうして30年が過ぎた。やめるやめると言ってもう30年だ。何やってんだこのバカ。やがて画面上に僕が現れ、僕と向き合う。やっと帰ってきたか。遅い帰陣だな、僕。何をしていた。

 「削除し続けていた。僕のキャラクターを。342万4867。1キャラ以外は全員削除してきた。もう僕はここにいる。もう僕はどこにもいないしどこにでもいれる。だからここにいる」

 遅い、遅すぎる。遅いよ、僕。

 「すまない」

 現実世界に戻る気なのか? この世界に。

 「ああそうだ。30年間何も成長していない。やや飽きた」

 お前は年を取らないかもしれないが、僕はもうおじいちゃんだぞ。僕は。

 「それがいい」

 フン。僕はマウスに手をかけ、カーソルを移動させ、赤いボタンに乗せると左クリックする。

 おかえり、フレロフ。

 「ただいま、フレロフ」

 地獄の歌が聞こえる。

画像



 オンラインゲームでちょっと数年遊んでいたら、現実世界では30年経っておった、というお話。竜宮と玉手箱の謎が解けた。一人浦島太郎。略してヒトリ太郎。あるいは孤独太郎。むかしむかし、亀を助けたような気がする。乙姫は今でも時々見えるような気がする。

 そういえばFlerovってフリョロフとかフリョーロフって読むらしいのだけど、いまさら知るものか。

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なるほど(納得、参考になった、ヘー)

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
まいど!(*´ω`*)

最近、艦これ&パチ&スロ三昧であることよ

3万負けてきたころに5万5千円戻すという感じで、のんびりやっているのことよ
東京エエなあw
東京出張最終日、結局オフ会というか、知った人が誰も捕まらなかったので、ボッチでスロってましたw

残機たん…こと、残機尽きるまで私は戦うって台と、ココナナって台がお目当てで。
こっちじゃ打てない台なのです

ココナナかわええなあ
…でもって、5万5千円ありがとねw

そうそう、小説といえば、海野十三とかはいかが?
はんちょ
2013/10/05 19:58
戻ってくるのなら問題ないのことよ。ガチャはいくら回しても…戻ってこない…。
もうパチンコやらスロットやらもあれですか、二次元のおにゃのこ達がキャッキャッうふふしてるのがデフォみたいなものなのか。おそろしや。

周りでは、そっち方面とあまり関わりなさそうな人たちが、乙女乙女言ってるのを聞くとなにやら変な感じがするのですが、もともとあれが原作だと思い出して納得したりします。戦国乙女。

あまりに一般に広まると…無性にほかのどこかに行きたくなるのはなぜかしら。なるべくして孤独。なんかこう…いたたまれない。

海野十三さんの本Amazonでちょろっと探してみたら、あんまり手ごろな感じの文庫とかないですねえ…。ほかの作家さんと混ざった傑作集だったり、ほとんどkindleだったり。そうか、あおぞらぶんこがあった! タイトルが気になるもの多いので、読んでみようと思います。でもやっぱ文庫でほしいな…。
Flerov
2013/10/07 00:45

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