ふたこぶくじら

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zoom RSS 夏の昼話 ふたひるめ

<<   作成日時 : 2014/08/08 00:06   >>

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のうぜんかずら

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 不意の雷雨が過ぎた後、私は部屋に干した洗濯物越しに、薄暗い庭を眺める。外の物置の角には、雨どいに沿うようにしてノウゼンカズラが一本生えている。垂らした枝の先に、最初から色褪せたようなオレンジの花をいっぱいにつけている。その下には、風雨で落とされた花が、死骸のように地面に張り付いている。

 あるいは、花の色が悪いのは何らかの栄養が足りていないからなのかもしれない。でもそれは私の所為ではない。この借家を選んだのは夫だ。彼が責任を持つべきだ。薄気味の悪い木。支柱となるものにところどころを結びつけられていなければ、真っ直ぐに立っていられない、つる性の植物。ねじ曲がった幹。自分で美しいと思って、あんな花を咲かせているのだろうか。

 あの木には、芋虫がつく。大人の男の指ほどもある、丸々とした、大きくて太い、薄緑色の、蛾の幼虫。木の下に、黒い粒がいくつも落ちているときがある。彼らの糞だ。その度に私はぞっとして、恐ろしくてその木を見上げられない。

 蛇のような模様をした芋虫もいる。思い出したくもない。何年か前、庭の手入れをしていたら、木の根元の草をむしっていた手のわずか10cmほど上に、そいつがいた。その瞬間、頭が真っ白に焼け付いたように、あるいは真っ暗に凍り付いたように何も考えられなくなって、掴んでいた草を放り出して反射的にその場から走って逃げた。声も出なかった。それから2週間はその場所に近づけなかった。私は蛇が大嫌いだ。

 夫にそういった話をすると、彼は小馬鹿にしたように、ふん、と笑ってこう言った。「別に毒があるわけじゃなしさ、そりゃ見た目はちょっと気持ち悪いけど、怯えるようなことじゃないぜ?」

 結婚してから急激に太った彼の指は、脂ぎって丸々としている。私はあの芋虫を思い出す。その指が私の体を撫で回すことを思うと、身の毛がよだつ。そして夫は実際に、私に触れようとしてくる。おぞましい。

 あの木に虫がいるとわかると、私はたまらずに夫に駆除を頼む。ほかに人がいないのだから。彼は一時煩わしそうな顔をして、一言か二言不平めいた言葉を口にするが、すぐに腰を上げる。

 私は縁側に立ち、ガラス戸に半身を隠しながら、夫が虫を片付けるのを見ている。箒で虫が葉っぱから叩き落され地面に転がるのを見て、私は思わず叫んでしまう。夫はびくっとして、「うるさいな! こんなのなんでもないのに、叫ばれるとびっくりするじゃないか!」と、そのことで私を責める。仕方がないことなのに。声を上げない方がおかしいのだ。私は芋虫と夫の両方から脅かされているような気になり、行き場をなくす。

 私は、彼が虫を庭の隅の土中にしっかりと埋葬するまでを見届ける。そうしなければ、彼はひそかに虫を手の中に隠したまま私に近づき、私の目の前にぱっと出してみせて、驚かそうとするかもしれないからだ。

 私は夫を理解している。彼の考えることはすべてわかるつもりだ。だからこそ今はもう、彼のことが嫌いで嫌いで仕方がない。彼がこれからするだろうことを予想するだけで、私の心は曇る。

 醜い芋虫に好かれるあの木を、かわいそうだと思ったりもする。虫のつかない木ならば、私は好きになっていたかもしれない。そして、それ自身だけでも立派に真っ直ぐ立っていられる木であったなら。

 私は恐怖を克服しなくてはいけない。私が一人で生きていくために。あの芋虫を、この包丁で切り殺すことができるくらいの、胆力を身に着けなければならない。

 夕飯の支度をしている最中に、会社の夫から電話がかかってくる。私は包丁を片手に握ったまま、電話に出る。結婚記念日だから今晩はどこかに食べに行こうか、と誘ってくる。私は彼と一緒に外出などしたくないのに。一緒に食事だってしたくないのに。

 私は電話の向こうで、受話器を握っているはずの夫の指を思い浮かべる。芋虫のようなぷっくりとした指を。私はまだ、手に包丁を握っている。私は夫の指を切り落とすことを想像する。




いもむし

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 箸を持つ自分の手を見るたび、自分がずいぶんと太ったことを意識させられる。手の甲から指先までが不健康な曲線を描き、皮膚はてかてかと光っている。指はまるで食いすぎた芋虫みたいだ。結婚して6年が経った。幸せ太りなどと抜かす者もいるが、冗談ではない。これはストレスの賜物だ。

 妻と歓談することがなくなってから、もうどれくらい経つだろう。私に非はない。彼女が私を一方的に嫌っているのだ。まったく、折に触れてはつまらないことで妻は愚痴をこぼし、あたかも私にすべての非があるようなものの言い方をして、私を責めるのだ。理解できない。彼女のことを理解しようという気持ちは、結婚2年目の冬に完全に失われた。必要なのは理解することではないのだ、と悟った。まるで機械に対するかのように、彼女の仕組みを心得、取扱い、都合のいいように改良を施そうなどとは、無理な話だったのだ。彼女はそこにそういうものとしてあり、私は細部に係うことなく、ただその全体をひとつのものとして捉え、すべてそのままに受け入れることこそが必要だったのだ。

 他者を、その仕組みを、理解することなど考えてはならないのだ。愛情という名の風呂敷で、とにかくすべてを包み込むしかない。だがそれには少なからぬ労力が要る。私はがんばっている。

 妻は私の呼びかけに答えない。答えたとしても、聞き取れるか聞き取れないかの小声で、短く暗い言葉を発するだけだ。子供はいない。今では、妻とは年に数えるほどしか性交渉をしていない。今年に限って言えば、まだ一度もない。彼女が拒否するのだ。

 これは離婚原因になるはずだ。だが私はまだ別れる気はない。それは一縷の期待を残しているから、などという理由ではない。妻がもっと年老いて、どんな男も全く相手にしなくなった頃を見計らって、三行半を突き付けてやるのだ。困惑する彼女の顔を思い浮かべるとき、あるいは、彼女が余生をひたすら侘しく惨めに過ごす様を想像したとき、私はほんの少し、悲しみと共に癒しを覚える。

 私が彼女を忌み嫌っていると思われるのは間違いだ、と言っておかねばならない。私は今でも妻を愛しているのだから。私は彼女に触れたい。もしくは、彼女に抱きしめてもらいたい。おかしく思われるだろうか。だが、愛情が深ければこそ、憎悪も比例して強くなるものだ。私を今こうさせているのは彼女に全ての原因がある。この肥えた体も、日々溜まるストレスや疲労も、最近、胃腸の調子が悪くなったのも。

 彼女にはいつか私を受け止める義務がある。あるいは、私に受け止められる義務がある。その義務が果たされなかった場合、私は彼女に全責任を負わせ、残念だが、厳しい一撃を見舞ってやる必要がある。愛すればこそ。彼女は一人で生きていける人間ではない。私と離れることによる手間と、一緒にいることで得られる利益とを秤にかければ、彼女は後者を選ぶだろうと思う。彼女には私が必要であり、私には彼女が必要なのだ。


 妻は虫が嫌いだ。庭に蛾の幼虫なんかが出ると、ためらいがちに、しかし切羽詰まった声で、その時ばかりは私に頼み事をする。私だって芋虫や毛虫の類は得意というわけではない。だが私は男だ。虫を追い払ってくれと愛する女性に頼まれれば、やるしかない。妻は私が虫退治をする一部始終を眺めている。まるで、私が手を抜いて虫をそのへんに投げ捨てたりしないかを監視しているみたいに。私が玄関用のチリトリに箒で虫を掃き入れ、虫が刺激を受けて身をよじらせると、妻は短く悲鳴を上げる。私はその声に苛立つ。私だって気味が悪いのを我慢して掃除してやっているのに。思わず妻を詰ってしまう。

 だが、女性が悲鳴を上げるのは、誰かに助けを求めているからだ。妻は私に助けを求めている。そう思えば、幾分かは心が休まる。私は頼りにされているのだと。私は庭に小さな穴を掘り、捕まえた虫をそこに埋める。十分に土をかけ、全体重を乗せて強く踏み固める。強く、強く。

 時々、私は指に怪我をしていることがある。どこかにひっかけたような、小さな傷だ。それがどこでついたものなのか、私はいつも思い出せない。まぁ、よくあることだろう。覚えのない痣だとか、これくらいの小さなひっかき傷ができていたりすることは、子供のときにだってあったと思う。私がそうなのだから、ほかの人だってそうだろう。

 朝起きて、顔を洗っていると、水が沁みることで指がちくりと痛んで気づくことが多い。またどこかにひっかけたかな、と思う。これも太ったせいだろう。結婚前までは、私の体重は68kgだった。それは高校生の時からほとんど変わらなかった。今では100kgの大台に乗る寸前といったところだ。私は自分の体のサイズに対する認識を改めなければならない。車で言えば、車幅感覚だ。昔と同じ感覚でいるから、気づかずにどこかに体をひっかけてしまうのだ。

 不思議なことに、夜、風呂に入っているときはその傷に気づかない。昼間どこかでつけた傷なら、その時にわかりそうなものなのだが。きっと疲れているからだろう。一日の戦いを終えた戦士に、ちっぽけな傷を気にするだけの体力は残されていない。そう、私は疲れているのだ。とても疲れている。

 今夜も、妻とは一言も話さずに一人で冷めた夕飯を食べ、風呂に入り、寝室に行き、テレビをつけ、帰りに買ってきたつまみでウィスキーを飲む。妻は居間に布団を敷いて寝ている。明日は休みだが、それは心の安らぎには結びつかない。明日の天気予報は雨だ。降水確率90%。一日中、だんまりを決め込む妻と、私の呼びかけに答えない妻と一つ屋根の下にいなければならないというのは、私が彼女を未だ愛していることを差し引いても、決して心楽しいことではない。最近は寝酒の量も増えた。胃腸をおかしくしているのはこれの所為かもしれないと思う。だが酒はやめられない。とりわけ今日は、結婚記念日なのだ。私は妻を外食に誘ったが、予想通り、断られた。彼女の分も、今日は飲んでやることにする。ワインも買ってきた。愛する妻へ、乾杯。

 ベッドに入っていると、珍しいことに、妻が寝室にやってきた。とは言っても、私がすでに目を閉じて眠りに落ちようとするその間際だ。今夜は幾分か夜更かしをした。そして飲みすぎていた。時刻は午前2時くらいだろうか。妻の歩いてくる気配がした。起きてやろうかと一瞬思ったが、強い眠気と泥に浸かったような酒の酔いに抗うほどの気力はなく、そのまま体の力を抜いた。

 妻は私の左手に手を添えたようだった。薬指の付け根に、冷たい金属のようなものが押し当てられたような気がした。だがそれは、結婚指輪かもしれない。太くなった指が、窮屈さを意識しているのかもしれない。私は半分、もう夢を見ている。夢の中で、妻は小さな穴を掘り、芋虫を埋めている。それは人の指のようにも見える。その上を、妻が強く踏みしめているのを、わたしはどこかの木の上から見ている。オレンジ色の花がぽたりと落ちる。


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