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zoom RSS 夏の昼話 いつひるめ

<<   作成日時 : 2014/08/11 20:32   >>

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つばめ

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 深夜、部屋の外から壁を叩くような音がする。ヘッドフォンを外すと、換気口のあたりから断続的に聞こえてくるのがわかった。きっと燕のものだ。二階の外壁から突き出している換気口と庇の隙間あたりに、巣でも作っているのだろう。たしか、昨夜も聞こえていたような気がする。

 でもこんな夜中にまで巣作りをしているものだろうか。壁を叩くような作業が必要なのだろうか。少し気になったけど、もう夜も遅いし、長い時間パソコンを使って疲れていたので、そのまま眠りについた。

 翌朝、まだ音は聞こえてきた。父が出勤のため家を出た後、私は母にそのことを伝えてみた。見てみようか、と母は言った。私たちは外に出た。二階の私の部屋を見上げると、たしかに燕がいた。でも巣を作っているわけではなかった。それは換気口の横にぶら下がっていた。鳥除けの網に引っ掛かっていたのだ。父が設置したものだ。橙色の網の糸は細くて、目を凝らさないと何故燕があんな恰好でぶら下がっているのかわからなかった。

 もう死んじゃってるかもしれない、と私と母は思った。でもそのうち、小さく燕が動くのが見えた。助けてくるね、と言って、私は二階の自分の部屋に戻った。部屋着のワンピースからTシャツとハーフパンツに着替えると、ベランダに出て、手すりに上って網を取ろうとした。危ないよ、気を付けて、と母はすぐ下から私を心配そうに見上げている。大丈夫、と答えて、私はもう少し身を乗り出すが、私の身長では網まで手が届かない。私はクラスでいちばん背が低い。私は一度手すりを降りてベランダから物干し竿を取り、適当な長さに縮めて、それで網をひっかけようとする。わりと重くてずっと持ってると疲れるし、なかなかうまくひっかかってくれないし、ベランダのあちこちに物干し竿の反対側はぶつかるし、燕を傷つけないようにするのも大変だったけど、なんとか、セロテープで何か所も留められた網を壁から引き剥がすことに成功して、燕を救い出すことができた。

 手の中の燕は痩せているように感じた。あるいは、小鳥とはこのくらいのものであるのかもしれない。羽や細かな羽毛が体をふっくらと見せているだけで。儚い感じがした。やがて、母もベランダに上がってきた。真っ青な顔をしていた。そんなに心配だったのかな、と、私は済まないような気持になった。燕の右の羽には、細い網が複雑に絡まっていた。

 私はそのままベランダで母と一緒に、鋏で網を丁寧に切って取り除いていった。羽はようやく自由になった。きっと、もがき疲れた燕は、しばらくは私の手の中にいてくれるだろうと思っていたら、燕は羽が自由に動かせるとわかると、すぐさまバサバサと羽ばたき、飛んで行ってしまった。母と一緒に、しばらく見送った。父がもう出ちゃっててよかった、と思った。ここにいたら、もしかしたら、そんな燕なんか殺してしまえ、とか言ってたかもしれないから。


 私は父が嫌いだ。必要以上に大きな声を出したり、足音を立てたりする。人が食事しているすぐ横で、遠慮なく鼻をかむ。あと、もしかしたらこれは私の自意識過剰かもしれないし、そんなことがあるはずがないとは思うのだけど、私を見る父の目つきが時々、いやらしいもののように感じてしまう。

 そしてなにより、父は食事の仕方が汚らしい。胸が悪くなるような、くちゃくちゃとした音を立てながら咀嚼し、皿を箸で引き摺り寄せ、テーブルに肘をつきながらものを食べる。そのくせ、私がご飯とお味噌汁の器を左右逆に置いていたりすると、配膳の仕方がおかしいぞと下らない指摘をする。本当に下らない。そのことで父は、私があの聞くに堪えない咀嚼音を聞かされているのと同じくらい、不快な思いをするとでもいうのだろうか。とてもそうは思えない。私がちょっと怠そうに歩いていると、踵を擦りながら歩くな、と注意をする。でも、父は自分自身が普段から踵を擦りながら、耳障りな、ズッ、ズッ、という音を立てて歩いているのだ。自分のことはどうでもよくて、他人のやってることだと気に障るらしい。私はそういうことがある度に、頭に泥水でも入れられて掻き回されたような強い不快感を覚える。

 だから私は、たとえ家族で食事の時間が一緒に取れる時にも、一人で自分の部屋に行ってご飯を食べる。父から不快感を与えられるのを避けるという意味以上に、私は私の食事の仕方が気になって仕方ないから。給食の時間は苦痛だ。班ごとに机を合わせて食べろという教師の指示が憎たらしい。私は自分の咀嚼音や食事のマナーのことで、周りの人に不快な思いをさせていないかが気になり、落ち着いて給食を食べることができない。ろくに噛まずにものを飲み込んでしまうし、食べ残す。自分で気づかないところで、父のように他人に不快感を与えてしまっているんじゃないかと思うと、早く学校を卒業してしまいたくなる。

 給食の間中、私は会話を聞くか話すかすることの方に、食べることよりも時間を取る。食べるよりは、話している方が気が楽だ。でも逆にそのことで、私がものをよく噛まないことや、食べ残すことや、会話に時間を取っていることで、周りの人に不快な思いをさせてしまっているのではないかと思うと、いっそう落ち着かなくなってしまう。でも今のやり方を否定したら、私は給食の時間をどうやって過ごしたらいいのかわからない。これは私の、学校生活を生き抜くギリギリの方法なのだ。早く高校生になりたいと思う。とにかく入れさえすればどこの学校でもいい。給食ではなくお弁当になって、一人でどこかで食べたいと思う。高校に行く理由なんて、それだけだ。早く高校に行きたい。それにはあと2年と8ヶ月も待たねばならない。あまりにも長い年月。

 その点、インターネットは気楽だ。ある一つの場所が嫌になったら、すぐにも他のところに行ける。学校の友達の中には、専用の掲示板に誘ってくる人もいるけど、私はそんな所は使わない。私は小学生の頃から、これまでにいくつものブログを開設しては閉鎖してきた。ツイッターももう4アカウント目になる。どちらも、それほど更新頻度が高いわけではなかったけれど。オンラインゲームもたぶん20タイトルくらいは遊んだ。気に入らないコメントが投稿されるようになったり、おかしな人がフレンドになったりすると、私はそこから去る。

 現実生活ではそんな風にいかない。気ままに転校するわけにはいかないし、帰る家も今のところはここしかない。大人になって仕事をするようになったら、いっそう縛られるのだろうか。それとも、今よりは自由なのだろうか。高校生になったら、アルバイトをしてアパートに一人暮らしできないだろうか、と思う。でも生活費がどのくらいかかるものなのかまだわからない。もしくは、高校に行かない、という選択肢もある。今はまだ我慢していなければならない。中学生を雇ってくれるところなんて無いだろう。背が伸びるのも我慢して待たなくてはいけない。本当に伸びてくれるかはわからないけれど。

 自分の年齢が嫌になる。背の低さも、成長するのに時間がかかるのも嫌になる。いっそ、成長とか老化なんてものがなければいいのにと思う。時間はいらない。空間だけがあればいい。自由に居場所を移せたらいいのに。ネットの中でならそれができる。懐かしいものも目新しいものも同じ保存状態でそこにある。そういうのに慣れると、時間って何だろうと思う。ただ私たちの尻を叩いて走らせるだけのものに思えてくる。そんなの要らない。

 今日も父は夕食の時間に家にいる。私が自分の分のご飯を小さなお盆に持って部屋に行こうとするのを見咎めて、一緒に食べろと言う。父は、家族というものは一緒に仲良く夕食を食べるものだと思っているのだ。そして、家族の間には秘密とかマナーを気にする必要もない、と思っているのだ。父にとっては、この家とそこに住む者は同じ一つの生き物みたいなものなのだろう。父が主体の。私たちは彼が自由に使える手足かなにかなのだろう。私は呼び止める父の声を背中で聞きながら、返事もせずに後ろ手にドアを閉める。母には悪いと思う。でも、きっと振り返っていたら、風呂上がりでランニングシャツを着た父が見えたはずだ。肥満気味の薄黒い腕、肉の間から臭いがしてきそうな脇、ちろちろと毛の生えた胸。どうしてそういうものを見せつけるようにしてくるのだろう。食事の事も、着衣のことも、それからその他のいくつもの父の癖や習慣に対して、私は幾度か苦言を呈してきた。でもひとつとして直らなかった。年を取った大人が、何かを変えることなんてできないのだ、と私は諦めた。道の真ん中に居座る、決して動かない邪魔な岩があったら、迂回してやり過ごすしかない。

 私は夕飯を食べながら、グーグルのストリートビューを眺める。気に入った場所を見つけたら、スクリーンショットに収める。今は、中国のどこかの街の、露天喫茶が画面に映っている。ごちゃごちゃとした街並みに憧れる。ここなら、どこかに自分の隠れる場所が見つかるんじゃないかと思う。ここに映っている景色のすべてが、このまま永遠に変わらなければいいのにと思う。不変の世界に、ディスプレイを超えて、その中に入っていけたらと思う。


 父は40歳で5歳下の母と結婚し、すぐに私が生まれた。なぜ母はこんな男と結婚したのだろう。結婚(それから出産)を焦っていたのかもしれない。母がもっと若いうちに、もっといい人を捕まえておけば……なんて思わないこともない。私は、自分がどこかからもらわれてきた子供だとか、母の連れ子だったらいいのに、と思う。父に、お前とは実は血縁関係は無いんだ、と言われたら、私はホッとして解放される気がする。

 私は父の部屋で、猥褻な雑誌やDVDを見つけたことがある。小学生の頃だ。裸の女性の写真が連なる雑誌の中には、数ページの小説があり、そこでは男性器を少女が口に含まされ、そのまま精液を排泄されて飲み込まされる描写がしてあった。私は当時そのことの意味がわからなかった。ただ、読んだ後ものすごく気分が悪くなって、本を閉じた。その時は翌朝のご飯も喉を通らなかった。小学生の私にとって、性行為の描写は思わず吐き掛けるほど、ひたすらに気持ちの悪いものだった。まだ知らない、生暖かい精液の感触が口の中に広がる気さえした。男の登場人物のセリフは、一方的で暴力的なものだった。「お前の母親もこれで気持ちよかったんだから、お前も気持ちいいはずだ」みたいな意味の言葉を放ちながら、少女を蹂躙していたように思う。父はなぜこんな本を読んでいるのだろうと思った。本からは、生臭い匂いがしたような気さえした。


 私には妹がいたはずだった。六年前、私が小学一年生のとき、母は妊娠して、そして流産した。私は生まれてくる妹の名前までこっそりと勝手に決めていた。今、あの子が生きていたら、私たちはお互いを支え合う仲のいい姉妹になっていただろうか。それとも、妹は父と同じような煩わしい存在になっていたのだろうか。母は妹の流産以来、体調を崩しがちになった。あの日、病室で父は母を慰めていた。その時、父が私に向けた視線に、なぜだか私は息苦しい気持ちを覚えた。もうお前しかいないんだ、と言われているような気がした。


 燕を逃がした日から数日後の夜、母が倒れた。私は父と共に深夜の救急車に乗って病院まで行った。そのまま母は入院し、意識がはっきりしない状態が三日続いてから、息をするのをやめてしまった。

 何が起こっているのか、よくわからなかった。母がもう死んでしまったなんて信じられないし、私が生きていることも夢みたいに思えた。病状なんかを話すお医者さんの話は、半分も頭に残らなかった。病院の薬っぽい匂いと白い廊下だけが、うっすらと記憶に残っている。

 気づくと、私は制服を着て、母の葬儀の中にいた。幾人かの、見たことがある親戚がいた。学校の先生やクラスメートも来た。生徒たちはみんな、制服を着ていた。私は今どこにいるべきなのだろうかと、ふと不思議な気持ちになった。制服を着てるんだから、学校にいなくちゃいけないんじゃないだろうか。そして家に帰ってきたら、母が「おかえり」と言ってくれるはずだと思った。

 慌しい何日かが過ぎた夜、父はソファに座る私の肩に手を置いて、何事か慰めの言葉を私にかけていた。それから、今後のことについても話していた。私はまだぼんやりしている。父が屈みこんで私の顔をじっと見つめる。私は目を合わさない。父の顔が近づいてくる。父の唇が私の額に触れたとき、私ははっとなって、父を突き飛ばすように立ち上がり、二階の自分の部屋へと駆け込んだ。ドアに鍵をかけたかったが、私の部屋のドアには鍵がつけられていない。代わりに、本棚から本を掻き出して、軽くなった本棚をなんとかドアの前に倒し、その上に、床に散らばった本や椅子なんかをどしゃっと積んでおいてから、ウェットティッシュで額が痛くなるほど拭いて、ベッドに突っ伏して泣いた。音に驚いて父が部屋の前までやって来て何事か声をかけてきたが、しばらくすると立ち去って行った。

 それから1週間後、私の誕生日が来た。父はお祝いだと言って、お寿司やら揚げ物やら、お酒やジュースなんかも買ってきた。父は、母がいなくなる以前より私によく話しかけてくるようになった。触れようとしてくるようになった。今日くらいは一緒に食べよう、二人だけの家族なんだから、と父は言った。そんな言葉は聞きたくなかった。二人だけだなんて言うな。どうしてこんな日にお母さんは今日一緒にいてくれないんだろう、と思った。でも、小さい頃みたいに、一緒に食卓についていれば母がふっと帰ってくるような気がして、私は3人分の取り皿と箸とコップを用意して、席に着いた。父はそれを横目で見ていたが、何も言わなかった。

 私たちはテーブルに向かい合ってそれらを食べた。父は歯茎と頬の間についた粘り気のある米を引きはがすように、にちゃりにちゃりと醜い音を立てて食べている。日本酒とビールとを交互にぐびぐびと飲んでいる。私は味のしない夕飯を食べながら、母を待つ。そうだ、今日はたしか、近所の会合に出かけていて、まだ帰ってきていないのだ。

 その夜、自分の部屋で寝ていると、誰かに触られる感触がして目が覚めた。父の臭いがした。

 私は飛び起きて叫んだ。

「うあぁっ! 何!? やめてよ!」

 父は私の悲鳴にたじろいだ様子で、一歩退いた。そして、

「あ……あ、いや、ごめんごめん、驚かせちゃったな。あの……な、これ」

 と言って、勉強机の上からリボンのついた箱を取り、私に手渡した。

「誕生日のプレゼントだよ。その……お母さんとな、一緒に選んだんだ」

 お母さんと……? 私はまだ身を強張らせたまま、ベッドの上でその箱を片手で受け取る。

「枕元に置いておこうかと思ったんだよ。ほら……クリスマスみたいに。朝起きたら、気づくように。ね。じゃ、おやすみ。……誕生日、おめでとう」

 嘘だ、と思った。さっき、その箱は机の上に置いてあったじゃないか。そこに置いて、何も持たずに、ベッドまで近づいたんじゃないか。頭と肩と胸に、触れられた感触が残っている。私は掛け布団をしっかり抱きかかえたまま、父が私の部屋を出て、父の部屋に戻る足音とドアが閉まる音を聞き届けてから、箱を開けてみた。

 ピアノの形をしたオルゴールだった。ねじを巻いてみる。お母さんが選んでくれた……? 曲が流れ出す。一小節目で気が付いた。これは、父が好きな曲だ。煩わしいほどに、いつも口笛で吹いている曲だ。母が選んだものじゃない。父が選んだのだ。いつもそうだった。父は、母や私の要望など聞いたことがないのだ。私たちが何か言うと、必ず文句をつけて、結局は自分の好きなものを選び、好きなことをするのだ。私はオルゴールを部屋の反対側の壁に向かって思い切り投げつけた。壁にぶつかって床に落ちてからも、オルゴールは鳴るのをやめなかった。私はベッドに入り、両手で固く耳を塞いだ。お母さんは来ないんだ。

 私は私の音を聞く。私は私の内なる声に、誠実に耳を傾けなければならない。私は私に対して、常に誠実であらねばならない。私は私の善き理解者でなければならない。私は私自身の守護者でなければならない。私を守るものはここに私しかいないのだから。

 こんなときに、お腹が痛くなる。生理が始まってしまった。4回目だ。母にいてほしいと思う。早く帰ってきて、と思う。ひとりきりで女の体になっていくのが怖い。私は手を耳から離して、対処しなければならない。次第にテンポが遅くなってきたオルゴールの音が聞こえてくる。泣きたくなる。そのとき、ベランダのガラス戸を、コツコツと叩く音がした。人がするノックとは違う、もっと小さくて固いものが当たる音。

 カーテンを開けてじっと目を凝らすと、ガラス越しに黒い小鳥の姿が見えた。窓を開けてみる。小鳥は窓枠に掴まったまま、逃げない。手を伸ばし、小鳥を両手で包む。燕だった。

 この子はきっと、あのときの燕だ。私と母で助けた燕だ。戻ってきたんだ。そうだ、母もきっと戻ってくる、と確信した。母と私とこの子がいた空間が、戻ってくるんだ。そうじゃなきゃおかしい。この世に時間なんていらない。空間だけがあればいい。今いる位置を変えられればそれでいい。きっとなんとかなるはずだ。オルゴールが最後の音を弾いて、それきり鳴り止んだ。

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