ふたこぶくじら

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<<   作成日時 : 2017/10/12 21:11   >>

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苦し紛れのショートストーリーズ


G・If

 暖炉には火がゆらめいている。窓の外では雪が降っている。テーブルの上に置かれたコーヒーカップからは、湯気が立ち上っている。椅子に座り、色を揃える立方体パズルを手の中で玩んでいる。壁に掛けた時計の振り子が一定のリズムで振られている。

 とても静かだ。薪がはじける音もなく、降りしきる雪も無音で、時計すら黙り込んでいる。

 そのあまりの静かさにふと違和感を覚える。耳を澄ませるまでもなく、自分自身の呼吸音以外聞こえてこない。手の中で回し続けている立方体パズルさえ音を立てていない。

 部屋の中が今どのくらいの温度なのかもはっきりとしない。暖炉の火を見つめていると暖かさを覚えそうになるけれど、窓の外の雪を眺めていると寒いような気がしてくる。目を閉じると、暖かくも寒くも無い。

 立ち上がってテーブルの上で湯気を立てるコーヒーカップを手に取ってみたい、と思う。でもどういうわけか、椅子から立ち上がることができない。頭さえ動かすことができない。辛うじて目は動く。今できることは、見える範囲のものに視線を這わせることと、手の中のパズルを回し続けること。

 時間の感覚もよくわからなくなっている。一体何時間、こうしているのだろう? あるいは、何日も、もしかしたら何年もこのままでいたようにも思うし、逆にほんの数秒前から始めたことのようにも思えてくる。

 時計を見る。短針と長針は5時ちょうどを指している。秒針はついていない。時計から目を離し、手の中で動かし続けているパズルを見つめる。

 頭の中でたっぷり100秒ほどを数えた後、再び時計を見る。長針も短針も、100秒前の位置からぴくりとも動いていない。その下で振り子だけが規則正しく左右に揺れている。

 違和感は強い不安へと変わる。呼吸と心臓の鼓動が激しくなる。救いを求めるように、暖炉の炎のゆらめきに視線を移す。じっと眺めていると、そのゆらめきすらも一定の間隔で同じ動きをしているように見えてくる。窓の外に目を凝らすと、雪の粒たちは全く同じ軌跡を描いて窓の上から下へと落ちているように見える。

 不安が恐怖の色を強めてくる。耐えがたい心細さを感じる。手の中のパズルが気になる。パズルの色はなかなか揃わない。まったく同じ回し方しかしていないことに気付くのに時間はかからない。指は意思とは無縁に、同じ方向にしか動いてくれない。疲れることも無い。全てが同じことの繰り返し。ここはどこだ? 自分は誰だ? 何をしている? 渦巻く疑問さえループしているように思える。終わりはどこだ?

 恐怖はその極限に達した時、諦めの中へと溶けて行く。峠を越えたように……というよりは、始点と終点がぴたりとつながってひとつの円ができあがったように。やがて、呼吸が落ち着いてくる。心臓の鼓動も一定のリズムを取り戻す。

 短いループ。火のゆらめきも、降り続ける雪も、時計の振り子も、パズルを回す自分の指も、呼吸も、心臓の鼓動も。あらゆるものが短いループの中にある。次第に居心地の良さを感じるようになる。もう何も考える必要はないのだ。時計だけが、止まっている。


−−


スモーキング、ヘッドライト

 酒を道端に1瓶丸ごとぶちまけて捨てたことはあっても、煙草を箱ごと焼却炉に投げ捨てたことはない。

 ある夏の夜、天使がやってきて余命を宣告していった。死神じゃない。紛う方なき天使だった。彼女は僕を救うためにそれを告げにやってきた。

 ひとまず僕は、僕を救おうとして煙草を吸った。天使は「禁煙しなさい」と言った。たしかにやめるべき時だったんだろうと思う。でもやめるべき時に一服する煙草は、いつにもましてたいそう美味かった。

 そういう夢を見た、ということにして、僕は押し入れから引っ張り出してきたギターを担いで公園に行った。この公園は途方も無く殺風景で、何の手も加えられておらず、年に一回公園の地面全部に除草剤を撒く老人がいるくらいだ。

 街灯が一つ。とりあえず土を盛っておくから何かして遊べ、という具合に作られた小山が一つ。四方は一応錆び切ったフェンスで区切られている。フェンスの西の角には先月車が突っ込み、ひしゃげたままになっている。君の住んでいるところから山を一つ越え、盆地を突き抜け、また一つ、どころか10くらいの山を越え、平地を過ぎり、海沿いに何十キロか走って二つ三つ山を越えたところにこの町はあるんだ。いつだかの合併で現在は町になっているが、その前は村だった。今だって村みたいなものだ。

 二十八歳という微妙な年に、僕は誰もいない、誰も彼も忘れ去ったような、12月の凍てついた公園(果たしてこれは本当に公園なのだろうか)でギターを鳴らす。どうやら残り2ヶ月らしい寿命のことについて寂しく弾き語る。楽しく弾き語る。

 観客は誰もいない。もしくは、苦笑しながら希望するところによれば、全人類とかこの世のすべてが観衆だ。少なくともそういった何かとりとめもない、あるいはぜんぜんなにもない、ものに向かって、僕は歌い、語りかけている。真っ黒な夜空に飛ぶ真っ黒な盲目のカラスに向けて、無色の声を出す。

 ビールの蓋を開ける。プルタブを押し込み、引き戻す。一口飲んでみる。これといって美味くもないが、不味いと言って吐き捨てるほどの味でもない。それでも僕は残りの液体を地面にどぼどぼと缶をひっくり返して捨てる。酒を美味いと思って飲んだことなんてあったためしがない。

 内臓がなんか良くないんだってさ。そんなのちっとも気になったことがなかった。いや、全く無いと言えば嘘になるけど。

 時代は西暦2000年を2年ばかり越えていた。2000。なんだか未来チックな数字だ。と同時に、古めかしい数字のようにも思う。2003年は拝めそうにない。だからどうした。西暦3000年を、僕は迎えることができない。それと同じだ。大した違いはない。

 口を塞ぎ手を止め、街灯の灯りが及ばぬ公園の端を見つめる。暗黒の空間。昼間ならきっとそこに、枯れかけた桜や朽ちた木製のベンチがあるのを見止めることができるはずだった。でも今はなにも無い。

 オレンジ色の街灯が照らす僕の座っているベンチの周り以外は、沈黙の闇の領域だ。僕の声は光を受けている範囲にだけ届くのだろうか。そんなことはないはずだ。僕は暗闇に向けて歌う。乏しい明かりの中で。そんなことがどれほど役に立つのだ、と人に問われようと、今はこれしかできない。他に何が出来ると言うのだ。既に僕の世界は区切られている。もしかしたら、この公園の、錆びたフェンスに囲われた中にしかないのかもしれなかった。そうではない、と信じたい気持ちが僕を歌わせるのかもしれなかった。指が弦を弾かせるのかもしれなかった。

 月が昇る。月は漆黒の闇をひとりぼっちで抜けて、やがて太陽がのさばり始める頃には、申し訳なさそうに西の空にその残影となる自己自身を残すのかもしれなかった。

 あんなに円いのに。

 ともあれ、今は夜だ。問答無用の暗闇だ。午前1時半の暗闇。僕は煙草に火を点け、ふうっと吹く。酒はない。酒はたぶんいらないのだ。乾いた煙だけあればいい。なんのこった。

 不意に、街灯が消える。僕は真っ暗闇の中に取り残される。遠くの道に、車一台分のヘッドライトが彷徨っているのが見える。僕にもヘッドライトが欲しい。僕の行く先を力強く照らす明かり。街灯は消えてしまった。でも僕はまだ消えていない。

 なんだか身体の具合が悪い。体調不良。明かり。僕は今、電池の切れかかった懐中電灯みたいなもので僕の周りをいくらか照らすのが精いっぱいだ。見えないものの方が遥かに多い。その中で。

 朽ちかけたベンチに横になる。僕が切望するもののことを思う。あってほしいと思うもの、あってほしくないと思うもの。


−−


ハロウィンの夜に

 ハロウィンがどういう由来の日なのか、彼女は知らない。仮装をしてお菓子をもらう日、くらいにしか思っていない。でもそれで何の問題も無い。元旦はお年玉をもらえる冬休みの中の一日だし、クリスマスはプレゼントをもらってツリーを飾りつける日だし、お盆はお墓参りする日。

 なにがどうしてそうなって、なんて知らなくても全然かまわない。彼女はそれで楽しくやっているから。私はそれらの日がどういう日で、なんのためにそういうことをするのか知っている。インターネットで検索してきたから。でも別に楽しくはない。

 彼女はいつも楽しそうにしている。私はいつもつまらなさそうにしている、ように見えるらしい。

 私の手元には、魔女になるためのコスプレ衣装がある。つばが広くて、とんがった黒い帽子と、黒いマント。それを着て、明日の夜に行われるハロウィンパーティに参加しなくてはならない。

 彼女はどんな衣装を着てくるだろう。真っ黒な目と口がついた真っ白なシーツを被って、シンプルなお化けの振りをして、その実、シーツを取ると肌の露出の多い妖艶な魔女のコスチュームを付けた姿を見せつけてくるのかもしれない。なんて想像する。がっかりさせてから、驚かせる。彼女はそういうのが得意だから。

 パーティの夜、私は部屋の隅の方で地味な衣装といつもの地味な眼鏡を着けて、妙な味のオレンジジュースを口にしている。ほかの同級生たちは、部屋の中央の方で飲んだり食べたりおしゃべりしたりして、がやがやと賑わっている。私は彼らのそういう姿をじっと眺めている。

 ふっと、私は本当に老いぼれた魔女になってしまったような気がする。私の周りだけ、瘴気のようなものが漂っている気分にさえなってくる。頭も心なしか、脳みその隙間に重い液体がしみ込んできたみたいに、ぼんやりしてくる。

 彼女は輪の中心にいる。私は輪の外にいる。真っ黒な片隅にいる。帰りたいな、と思う。魔女用のほうきを抱えながら。どこか変な味のするジュースをまた一口飲む。飲むことしかできないので、これで三杯目だ。

 宴もたけなわ(と言うのだろう)になってきた頃、私は眠気とも怠さともつかないものに襲われて、とうとう座り込んでしまう。そこに、一人の男子が声をかけてくる。とんでもなく雑なメイクと衣装をした狼男。

「カイヅカさーん? どうしたの? 酔っぱらっちゃったの? すげーペース? 早かったもんねー!」

 どうやら、私が飲んでいたのはジュースでは無くてカクテル(?)みたいなものだったらしい。そっか、これが酔っぱらうという事か、とやっと気づいた時には、もう立てなくなっていた。立ち上がろうと思えば出来るのだろうけれど、ぜんぜんそんなのやる気がしない。

 私が答えないでいると、彼は私の隣にすとんと腰を下ろした。

「オレ、酒飲んだの初めて! カイヅカさんはもしかして良く飲んでたりするの?」

 私は義務的に首を振る。振ったと思う。

「そっかー、でもあれ? しゅごー? とかだったりしてね!」

 酒豪、だろうか。私は何も答えられない。何もする気が起きない。

「……気分悪いの?」

 狼男はいくぶんか心配そうな眼差しを向ける。私は今の自分の体調のことがよくわからず、あいまいに首を振る。

「あははは」

 狼男は意味も無く笑う。そんな風に見える。黒く塗った鼻と、頬に描いた三本の髭が少し歪む。

「それ魔法使い? 魔女? っていうの?」

 私は肯いた。気がする。

「魔法さー、使ってみたかったんだよねー!」

 頭がいっそうぼんやりしてくる。

「カイヅカさん、お父さんいないんだっけ?」

 ぞんざいな質問だ。でも私はそういうのには慣れている。のだけれど、今はそういう時用の対応ができない。するのも面倒だった。黙って肯いて見せる。

「オレもかーちゃんいないんだー」

 狼男は笑って言う。

「小学校の3年生のときにさー、夜中に死んじゃったんだ。おとーさんが、お母さん死んじゃったよ、って、オレが寝てる時に起こして、呼びに来てさー」

 私は彼の話の続きを待つ。

「おかーさんさー、ずっと入院してたの。だから時々病院で会うくらい。オレがすんごい小さいときからずっとそんな感じ。だからオレ、おかーさんが病院のベッドで寝てるとこしか見たこと無いの」

 私はその風景を思い浮かべる。なんだか少し眠くなってくる。

「そんで病院に行った時もさー、おかーさん、いつもみたいに眠ってるみたいだったの。そんで、だけど、おとーさんが真っ白なベッドに顔をうずめてさ、なんか泣いてたの」

 私は薄目で部屋の中心を見やる。彼女はちょっとふらついた様子で、肘でテーブルの上のなにかのボトルを倒してしまい、こぼれた液体を周りにいた男子やら女子やらがあわてて拭き取りにかかっている。

「オレは……で……おかーさんが…………お医者さんが……だからさ……テレビの……で、魔法が使えたらって……」

 もう彼の声もろくに聞き取れない。私は後頭部に何冊もの厚い漫画雑誌を載せられたみたいな気分で、膝の中に頭を落として眠ってしまった。

 目が覚めると、自宅の自室のベッドの上だった。起き上がって部屋を見渡してみると、明かりの付いたままの部屋で、ハロウィンの衣装が床に脱ぎ捨てられていた。なんだか頭がくらくらする。少し気分が悪い。昨夜のことを思い出そうと試みる。なんとなく、パーティが終わったときの風景を思い出せる。隣にはもう狼男の姿は無い。何ヵ所かの、彼女の家から私の家までの道のりの部分部分を思い出せる。自宅に戻って、2階の自室へ向かう階段を上がっていくとき、背後から母親の声が聞こえた気がする。

 日曜日。なのを思い出す。私はベッドから降りて部屋の明かりを消し、それからもう一度布団に潜り込む。カーテンも閉じていない窓からは、まだ暗い空が見える。5時くらいかな、となんとなく思う。いつもの6時半になったら、母が朝食のために私を起こしにくると思う。でももしかしたら、昨夜は特別な日だったから、8時くらいまでは寝ていることを許してくれるかもしれない。そんなことを期待しながら、私は再び眠りに入ろうとした。瞼を半分くらい開いた目に、床に落ちている魔女の衣装が再び映る。魔法が使えたらな、とふと思う。

 ……何の魔法だっけ……? なぜか、三年前に死んだ父の笑顔が浮かんでくる。眠りなさい、とその父は言う。そうだ、眠ろう。別に魔法なんか使えなくたっていいんだ。彼もきっとそう思ってるはずだ。……彼って誰のことだっけ……? 私の意識はそこで落ちる。ぼんやりとした納得と疑問の中で。


−−


エルフの森1

 みんな誰しも世界のこの世の、こうあるべきだろう、きっとこういうことなんだろう、という姿を探している。はずだ。

 ここは深い森の中。見上げれば、木々の梢の隙間から白い空がのぞいている。歩き出すと、ぺきぺき、ぱりぱりと、地面に落ちた枝や枯れ葉が足の下で折れたり破れたりする。

 自分の耳を触る。耳の付け根から耳の先まで、10何センチかの距離を指先でなぞる。長い。先の方はしゅっと尖っている。エルフの耳みたいだ。

 耳から指を離し、その手をじっと眺める。小ぶりな掌。か細い指先。視線を更に落として足を見つめる。すらっと長く、細い。肌は陶磁器のように滑らかだ。

 簡単な衣服をまとっている。薄い布の袋をすっぽり被って3か所の穴を開け、そこから頭と腕を出したみたいな。

 歩いてゆくと、池に出た。風も無く波も無い。鏡面のような水面。覗きこむ。顔が映る。さらさらとした銀色の髪。青みがかった綺麗な瞳をしている。端正な面立ち。少年のような少女のような。少年なのだろうと思う。

 顔を上げる。耳を澄ます。鳥のさえずりも聞こえない。森の中にぽっかり空いた池。その上にもぽっかりと空いたような白い空。

 池の反対側に目を凝らす。人影が森の陰から現れる。胸のあたりまで伸びて少しカールした薄茶色の髪、長い耳、赤っぽい瞳。胸から膝までをくるりと布で巻いている。細い体、美しい肌。少女のようにも少年のようにも見える。少女なのだろうと思う。

 どうしますか?

 →池の右側から回り込んで近づく
  池の左側から回り込んで近づく

 池の右側から回り込んで近くに寄った。赤い瞳がこちらを見据える。微笑んでいるような訝しんでいるような。

 どうしますか?

  池を見る
 →空を見る

 少年は空を見上げた。少女は池を見下ろした。

 空から一冊のスケッチブックが少年の頭上にゆっくりと落ちてきた。少年はそれを受け止め、開いてみる。クレヨンで描かれた誰かの似顔絵らしきらくがき。幼い子の手によるものらしい。

 池からはナイフが浮かび上がってきた。血糊がついている。少女は黙ってそれを見つめている。

 どうしますか?

  ナイフを拾い上げる
  スケッチブックを少女に渡す
 →空を見る

 少年はもう一度空を見上げた。

 白い空から、雪がはらはらと舞い落ちてきた。少女は黙って水面に浮かんだナイフを見続けている。

 どうしますか?

  森の中に戻る
 →ナイフを拾い上げる
  スケッチブックを少女に渡す
  空を見る

 少年はナイフを拾い上げた。

 拾い上げると、もうそのナイフには水がついていない。少女は少年とその手にあるナイフとを見つめた。怯えているような、怒っているような瞳。

 どうしますか?

  ナイフを少女に手渡す
  ナイフで少女を刺す
  森の中に戻る
  スケッチブックを少女に渡す
 →池を見る
  空を見る

 少年は池を見下ろした。少女は空を見上げた。

 池の底から、赤いセーターが浮かび上がってきた。水面に出ると、それは血で染まったものだとわかる。セーターの胸の辺りを中心に、袖の半分まで滲んだ血。

 空からは、白い狐のぬいぐるみがゆっくりと降りてきた。少女はそれを受け止め、しばらく見つめた後、腕に抱え込む。

 どうしますか?

  ナイフを少女に手渡す
  少女からぬいぐるみを奪う
 →セーターを拾い上げる
  ナイフで少女を刺す
  森の中に戻る
  スケッチブックを少女に渡す

 少年はセーターを拾い上げた。

 拾い上げると、もうそのセーターには水がついていない。血も乾いており、黒っぽく変色している。少女の瞳からは表情が読み取れない。

 どうしますか?

  ナイフを少女に手渡す
  セーターを着る
  セーターを少女に着させる
  少女からぬいぐるみを奪う
  ナイフで少女を刺す
  森の中に戻る
 →スケッチブックを少女に渡す

 少年はスケッチブックを少女に手渡した。

 少女は懐かしそうな顔で、そこに描かれたらくがきを眺めている。少年の手元にはナイフとセーターとが残される。

 どうしますか?

  ナイフを少女に手渡す
  セーターを着る
  セーターを少女に着させる
  ナイフで少女を刺す


 選択肢。そこには、選ぶべきものと選ぶべきではないものが、今はまだ、並列に提示されている。ように見える。でも少年にとって選ぶべきものは本当は一つしか残されていない。

 彼は思い出さなければならない。彼の耳は尖ったりしていないことを。今のようにほど美しい姿ではないことを。同様に、彼女の耳も、彼女の姿も。そして彼らのどちらも、今の姿よりもう少し成長していたことを。こうあってほしいと思っていた世界の姿は、そうではなかったということを。そうして、誰も望んでいない世界の姿になってしまったということを。

 でも彼は、ナイフを手にしたまま、まだ立ちすくんでいる。選択を決めかねている。できることなら、目を閉じ、夢の中のそのまた夢の中へと行くことができたら、と願っている。でもこの世界で目を閉じたら、あちらの世界で目を覚まさなければならないことが彼にはわかっている。だから立ち尽くしたままでいる。

 少女の方が決めてくれれば、と少年は思う。でもこの世界で次の行動を起こすことができるのは彼の方だけだ。彼女はスケッチブックを眺めて微笑み続けている。

 やがて彼は、一つだけ残された道に進む。進むことを選び取る。血が流される。

 少年は目を覚ます。夢の中とは違って、そこには無限の選択肢があるように見える。でも、いくら選択肢があったとしても、彼にとって選ぶべきものはたった一つしかないのかもしれず、そして既に選び取ったのかもしれなかった。


−−


くらうでぃー・はんぐりー

 とてもお腹の空く曇りの日だった。

 昼下がりに、引き出物かなにかでもらった鯛茶漬けを作って食べた。前日の夕方から今日の明け方にかけて降り続いた雨は、午後になっても空一面に雲を残したままだった。家の食堂からは、窓枠とすぐ南隣にある納屋の灰色の瓦屋根に区切られた、長方形の白い空が見えた。母屋と納屋の間に植えられた背の低い木や花が、いくぶんか強めに風に揺られていた。

 久しぶりの休日だった。1ヶ月休むことなく毎日仕事をしていた。残業は無いのでそれほど深刻に疲れてはいなかったけれど、今日は存分に睡眠を取ろうと思った。でも意外と早めに目が覚めてしまい、もう一度寝直そうとしてもいまいち上手くいかず、仕方なく朝食をとった。牛乳を1杯飲み、豆腐と大根葉の味噌汁を作り、賞味期限がやや過ぎたメカブと納豆と子持ち昆布をでたらめに混ぜてご飯にかけて食べた。わりと悪くない味だった。納豆よりメカブの量をやや多めにするのがコツではないかと思った。それと、付属のタレに加えて醤油をひとたらしすること。

 食べ終わると、部屋に戻って床に寝ころびながら小説を読んだ。秋のせいなのかどうか、先週からひっきりなしに小説を手にしている。もう5冊くらいは読んだかもしれない。年に数冊読むか読まないか、という私の読書量から言うと、これは結構な数だった。

 本を読んでいると、うとうととしてきた。抗わず、目を閉じてすんなりと眠気を受け入れる。私は、本当の睡眠というのは午睡やうたた寝であると思っている。夜眠るのには義務的・強制的な意味合いが何割かは含まれている。昼寝にはそれはない(保育園などでは「おひるねの時間」が決められていた気がするけど)。眠気は向こうからやってきてくれる。眠らなきゃ、なんてがんばることはない。大気の中を天の川みたいな眠気のもやが流れており、それが私の体に差し掛かると私は眠気を覚え、そしてそれが過ぎ去ってゆくまで身を任せていればいいのだ。

 やがて目を覚ます。たぶん20分くらい眠っていただろうと思う。再び小説を読みすすめる。しばらくすると、また眠気がやって来る。目を閉じる。目を覚ます。それを何度か繰り返す。なんだかお腹が空いているのに気づく。時計を見ると、10時半くらいになっている。私は台所に行って、冷蔵庫の中身を確かめる。薄いピザ生地が1枚あったので、それにピザソースを塗ってチーズをかけて、輪切りにしたピーマンとバジルの葉を載せて焼いて食べた。一緒に、オレンジジュースを2杯飲んだ。

 そしてまた部屋に戻って小説を読み、やがてまどろみ、を繰り返し、12時頃、お腹がまた空いているのに気づく。どうしたんだろう。今日は普段以上にお腹が空く気がする。仕事をしている日に比べたら100分の1も動いていないのに。

 今度はいささか張り切って昼食を作った。茄子を4個とピーマンを2個と玉ねぎを3分の1使ったスパゲティ。麺は150g。結構なボリュームだ。唐辛子を多めに入れる。食べ終わるとさすがにお腹がぱんぱんになった。これでもう十分だろう、と思える量だった。

 今度は小説を手に取らずにそのまま寝た。横になるとお腹の苦しさが和らいだ。なんだかあまりにも自堕落な一日を過ごしているな、とさすがに思った。食べて、本を読んで、寝て、食べて、寝て。すでに今日一日分の食事量は十分にクリアしてしまっている。睡眠量も。

 そうして目が覚めると、なんてことだろう、なんだかお腹が空いていた。お昼にスパゲティを食べてから2時間しか経っていない。いくら食欲の秋と言っても、食べ過ぎというかお腹が空きすぎだ。でも正確に気持を吟味して言えば、それは空腹感ではなかった。なにか違和感とか不足感のようなものだった。

 今日の曇り空がそうさせているのかもしれない、と私はふと思った。空の色と明るさは朝とまるで変わっていないように見えた。一面の白い雲。でもそれは白くは見えるけれど、もし本当に真っ白な紙の上にその雲を小さく切り取って置いてみたら、ずいぶん暗い色をしているのかもしれなかった。

 ともあれ、私は午後2時にして4回目の食事にとりかかった。そうしないわけにはいかない気分だった。何か食べないと落ち着かない。そして目についたのが鯛茶漬けの素だった。炊飯器から適量のご飯をよそい(保温のスイッチを切っていたのでもう冷めていた)、お茶漬けの素ときざみ海苔と鯛フィレがそれぞれ入った3つの袋を破って中身をその上に載せ、沸騰したお湯を静かにかけていった。

 曇った空を眺めながらお茶漬けをさらさらと食べていると、不思議に満たされた感じがした。今日の食事の中でいちばんしっくりくるものだった。魚臭さもなく、しょっぱすぎず、熱すぎず。多分、これが私が今日本当に食べたかったものだったんだろう、という気がした。秋の始めの、雨の後の曇り空の、昼下がりの鯛茶漬け。

 食べ終わると、今度は不意に満腹感を覚えた。今日これまでに食べたものたちが一斉に突如として自分たちの存在を主張してきたみたいだった。とてもじゃないけど夕飯に何か食べられるような気はしない。

 私は自分の部屋に戻り、窓を開け、窓枠に手をついてふうっと息を吐きながら外を眺めた。外は思ったより風が強く吹いていた。2階の窓からは食堂からとは全然違う景色が見える。低い山々の頂には雲がかかり、雲にごまかされるみたいに山の頭はうやむやな途切れ方をしていた。雲はそのまま山々の間の谷に入り込んでV字型に切り取られ、そのせいで谷はいつも以上に自身を主張しているみたいに見えた。家の周りの田んぼはあらかた稲が刈り取られ、昨日まではからからに乾いていた薄茶色の田んぼにはあちこちに水たまりができていた。

 しばらく本を読んでから窓の外を見ると、谷の中の雲はどこかへと消えていた。谷は再び、連なる山々の中に溶け込んでしまっていた。私はもう食欲も睡眠欲も感じていなかった。その予感さえなかった。あの地面に近い所にまで侵入してきていた雲と一緒に、どこかへ流れていってしまったようにも思えた。


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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
くじらさん、新たに作成したキャラをクランにいれたいのです!!
ワーデンフリーク
2017/10/13 20:54
Blackitさんかな……?
申し訳ないですが、クラン勧誘権を持ってるのが僕のキャラのみでして、実質これ以上のクラン参加は不可能です。おゆるしくだされ。
Flerov
2017/10/13 21:15
風邪引いて寝てるので・・・自分も物語作りました・・・

ガイ「また風邪ひいてしまった(ノД`)・゜・ こうなったらあいつに八つ当たりで
   新たに開発した魔法を・・・」
ガイ「オシリ二オデキデキデキオシリデキ・・・(^^♪」

フ〇ロフ「アーマタオシリ二オデキガー」

こうして世界は平和になりました(^^)/
作家ガイ
2017/10/14 19:32
あらまぁ、なんて平和な世界。痛みを分かち合い、悲しみを分かち合い……
いらぬ。いらぬわ。貴殿の痛みはどうかそちらで。どうにかして。ざまぁざまぁと酒飲みながら笑う。僕が笑うことによって、ガイさんの風邪は治ってゆく。
楽しみを分かち合い……そうか、互いに互いの病を笑うことによって治りゆくのだ。笑顔がいちばん。げへへ。ふへへ。いかに下衆であっても。ひひひ。
Flerov
2017/10/14 19:45
僕は物語を書く事が出来ない!
なぜなら僕の人生そのものがキャンバスのようなもので人生という名の絵を描き続けているからです!!
何が言いたいかというとたまにはパンドラ来て遊ぼうぜと言うことです!
ちっぺ
2017/10/15 17:52
人生と言うキャンバスに落書きばかりしてきました。そんなつもりはなかったのにそんな風になってしまいました。消すのにも忍びなく、さりとて描き続けるのもためらわれ、黄ばみかかった残りの空白を前に脅えてお布団被って震える日々です。びくびく。そんなわけでパンサガにINできません。おふとぅん。夢の中で遊ぼうぜ!
Flerov
2017/10/15 19:18
お久しぶりです。
くじらさん、邪冠の物理、魔法ダメージの耐性を減少するの幅ってわかりますか?
もし所持しているようであれば、ブログのネタに使いたいのでお借りしたいです。
Blackit
2017/11/16 23:10
返信が遅くなり申し訳ありません。ちょっとバタバタしていたもので・・・。
カエル頭、面白そうなんですけどねえ。歌歌ってる状態では他の行動できないのが難点。
邪冠は頭装備だけでなく他の部位が外れた時にもスキル効果切れちゃうのが本当にすこぶる信じがたいほどでたらめな欠点。
・・・まぁ、今ではもうパンサガに関わることのない身なので、記憶を手繰ってこぼす愚痴なのですけども。申し訳ないですが、ログインすることは今後なかろうと思います。パンサガか・・・なにもかもみな懐かしい・・・
・・・まだ2ヶ月前か・・・あれ?2ヶ月だっけ?
Flerov
2017/11/26 23:27

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