海岸沿いの道、高速道路

ショートストーリー2編


 フロントガラスには、まだ雨粒は落ちてこない。でも暗い緑色をした道路沿いの木々は風に強く揺られているし、空を覆う重たげな雲はいずれ間もなく雨を降らすだろう。

 幾分か肌寒さを感じたので、エアコンの温度を上げる。ついでにラジオを切ってみる。流行曲の代わりに風の唸りが聞こえてくる。

 もう30分ほどこの海岸沿いの道路を走っている。いや、2時間くらいだろうか。半日は走っていると言われれば、そんな気もしてくる。その間、空模様はずっと同じままだった。眠くなりそうなほどの、ただ真っ白な空。

 他の車とは擦れ違いもしない。同じ車線の前にも後にも一台も見えない。道は緩やかなカーブの連続。車窓から見える景色は、延々と防風林とその隙間から覗く海岸線のみ。建物も無ければ電柱も無い。なんだか、どこかの地点から同じ道をループして走り直しているような錯覚に陥る。

 煙草に火をつける。吸い込むと頭がくらくらとしてきたので、すぐに吸うのをやめる。吸殻入れを引き出す。中は掃除したばかりの、綺麗な空っぽのままだ。まだ長く残った煙草を、軽く揉み消してその中に入れ、吸殻入れを押し戻す。

 どこへ向かっていたんだっけ、と、ふと思う。これは旅行だったろうか、それとも仕事の関係だったか、あるいは親戚や知人の家に用事があったのだろうか。ぼんやりしてうまく思い出せない。さっきまで聞いていたラジオの内容も、どんな歌がかかっていたのかも思い出せない。そもそも、ラジオなんて聞いていたのだろうか。頭の中まで雲に覆われたような、風にかき消されたような感じがする。

 フロントガラスに、ぽつぽつと雨粒が落ちてきては横に流れていく。インターバルにセットしたワイパーが時折、その跡を作動音と共に拭っていく。

 肌寒さを感じたので、エアコンの温度を上げる。ついでにラジオをつける。風の唸り声の代わりに、華やかな流行の曲が耳に届いてくる。

 どのくらい走っているのだろうか。30分か、あるいは2時間くらいは走っているかもしれない。いや、半日だったろうか。その間、雨はずっとこんな感じだった。今にも強く降り始めそうなのに、焦らすかのようにぽつぽつとしか落ちてこない。

 自分の車の前にも後ろにも他の車の姿は見えない。対向車もこれまで一台も来ていない。道は緩やかなカーブと直線が断続的に続いている。車窓から見えるのは、まるで同じ道を繰り返し走っているような錯覚に陥るほどの、代わり映えのしない海岸沿いの景色だけだ。

 煙草に火をつける。二口も吸うと、頭がくらくらとしてくる。吸殻入れを引き出す。まだ掃除したばかりのようにそれは綺麗な空っぽだ。まだ長い煙草を、火のついたままそこに入れる。コトリ、と小さな音がする。吸殻入れを押し戻す。

 どこからの帰りだったっけ、と、ふと思う。旅行先からか、それとも出張先からか、あるいは親戚や知人の家からの帰り道だったろうか。ぼんやりとしてうまく思い出せない。今聞いているはずのラジオの内容も頭に入ってこない。パーソナリティの声が風の唸り声のように聞こえる。

 フロントガラスには、大粒の雨が叩きつけられている。ひっきりなしに動くワイパーが、それを懸命に拭い去ろうとしている。空は真っ暗に曇っている。

 寒くなってきたので、エアコンの温度を上げる。音楽でも欲しいところだけれど、ラジオは故障しているからつけることはできない。強い風雨が車体を打つ音と、ワイパーの作動音だけが車内に響いている。

 30分はこの道を走っているだろうか。それとももう2時間くらいだろうか。もしかしたら半日は走り続けているような気もする。その間ずっと、雨はいつ止むとも知れない土砂降りだった。

 他の車を全く目にしない。いや、この視界の悪さでは、対向車がライトをつけずに走っていたとしたら、擦れ違っていても気づかなかったのかもしれない。道は永遠に続くかのような直線だ。車窓からは、雨で滲み、歪み、ぼやけた海岸線が防風林の隙間から微かに見えるだけだ。ひたすらに似たような景色。永遠に同じ道を走り続けるのではないかという気さえしてくる。

 煙草に火をつけようとしたが、湿気っていてうまく火がつかない。諦めて吸殻入れを引き出す。新車の頃のように、それは綺麗に空っぽだ。少しだけ焦げた煙草を放り入れて、押し戻す。

 どこに行く途中だったろうか、と、ふと思う。あるいは、どこかからの帰り道だったろうか。旅行、出張、法事……思いつく限りの用事を並べてみたが、どれもしっくりこない。なぜこの道を走っているのだろうか、どうしても思い出せない。


 フロントガラスには、ぱらぱらと砂の落ちてくる音がする。それだけだ。ワイパーやラジオはおろか、車のエンジン音すら聞こえない。静かだ。外も無風なのだろう、一切の音がしない。

 とても寒いが、エアコンはつけられない。もうどのくらい、こうしているのだろう。30分か、2時間か、半日くらいだろうか。ずっと、静かなままだ。煙草が吸いたくなったが、手元にない。あったとしても、どうせ火はつけられないだろう。

 夜のためか、それとも目を閉じているからか、視界は真っ暗だ。ここはどこだろう、と、ふと思う。路上なのだろうか、それとも砂浜なのだろうか。

 かすかに、波の音が聞こえるような気がした。


--


 白いマンションが見える。背景には雲のほとんど無い青空がある。今しがた道路トンネルを抜けてきたところのような気がする。たぶん首都高だろう。年に一度通るか通らないかという場所だ。

 ほかの高層建築物も徐々に視界に入って来るのを認識できてくるようになる。うちの近所にはこんなものは無い。一つの建物に何十、何百人といった人々が住んでいる、あるいはそこで仕事をしている。不思議な事のように思う。

 再び目を閉じる。今乗っているのはバスだったかタクシーだったか……それとも、父が運転する自家用車だったろうか。あるいは、これは夢だったり、遠く幼いころの記憶だったり、昔テレビか何かで見た映像であるかもしれない。

 揺られている。車がカーブに差し掛かるたび、遠心力で体がわずかに動くのを感じる。それは上下方向であったり、左右の方向であったりする。きちんと座っているのか、横になっているのかわからない。

 揺れが止まる。目を開ける。雪の残る山が見える。高速道路のパーキングエリアかサービスエリアらしいと思う。誰かが車に近づいてくる。ドアが開かれ、車に乗り込むのがわかる。誰だろう。父かもしれず、タクシーやバスの運転手かもしれない。

 目を閉じる。車が動き始める。夜の匂いを感じる。追い越しをかけて行く他の車の音が耳に入っては過ぎ去る。不意に走行音がくぐもる。薄く目を開けると、トンネルの規則的な配列の灯りがひゅんひゅんと視界を横切っていく。銀色のコンテナを積んだトラックが、ゆっくりと追い越していく。

 カーオーディオからなにか歌が流れてくる。聞き覚えのある、古い歌謡曲だ。車は坂を上り始める。体にかかる負荷を、懐かしく感じる。いとこの家に遊びに行った、その帰りに感じたのと同じものだ。これはきっと、父の運転する車なのだろう。

 早朝のものと思しき朝日が、瞼を通して目を差した。ゆっくりと目を開く。鋭い日光はすぐに、丘の陰に隠れた。いくつもの陸橋が頭上を過ぎ去ってゆく。山間を走る高速道路のようだ。正面には、アクリル板の向こうに、白い帽子を被った運転手の後ろ頭が見える。タクシーの車内のようだ。

 肘の下には、ブリーフケースらしきものがある。ワイシャツの襟が顎の下に食い込んでいるのを感じる。脇腹から肩にかけてスーツが突っ張っている。姿勢を正す。眠気が襲ってくる。それはどうしようもないほどに強い睡魔だ。抗えず、瞼を下ろす。それに伴って、頭も前に傾いていく。

 人の声が聞こえた気がして、目を開ける。膝の上に置いたバッグを抱え込むようにして眠っていたようだ。チェック柄のコートの袖が目に入る。車窓に目をやる。コンビナートの向こうに海が見える。薄く煙った水平線が彼方にある。バスの車内のようだ。

 目を覚ます。目を閉じる。光が目に入る。暗闇が視界を閉ざす。何度繰り返したことだろう。車が走り、止まる。人が現れ、消える。空が曇り、晴れてゆく。

 雨が降る。雪へと変わる。人々の群れはいつしか見えなくなる。自動車のエンジン音は時々静かになり、また単調な音を立て始める。目に映るのは、漆黒になりきれない暗い空の色。目を閉じても開いても、その色調は変わることがない。

 車内にいる。それだけは感じられる。座っているのか、横になっているのかはわからない。助手席にいるのか、それとも後部座席にいるのかも判然としない。自分以外に、他に乗車している人間はいない。

 運転するのは自分ではない、という感覚だけが、たしかなものとしてある。この車は、私をどこかに運んでいく。運ばれている。今までに通り過ぎてきた場所はなんとなく感じられる。これからどこに運ばれていくのかは見当がつかない。

 眠い。眠ることを命じられているような気になる。瞼が重い。重さに任せて再び、目を閉じる。車は見覚えのあるような場所を走っていく。そこはもはや、懐かしさとは違うもののように思える。親しみの無い場所、けれども、見覚えだけはあるような場所。

 どこから来たのか。どこへ行くのか。そんな疑問も、微睡みがうやむやにしてゆく。これでいいのだろうと思う。

 パジャマを着ているような気がする。スーツを着込んでいるような気もする。暖かくも寒くもない。柔らかいとも固いとも言えない座席の上で、微睡みが全てを曖昧にしてゆく。遠いような、近いような車の走行音が、耳を撫で続けている。

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